先輩と寿司を食べにいく話。

紅井寿甘

第1話 先輩と寿司を食べにいく話 。

「さぁ、召し上がれ」


 目の前にはあるのは、寿司だ。艶やかなシャリの上で色とりどりの個性を誇示するネタ。マグロ、イカ、エビ、そしてタマゴ。

 溜息が出る。あまりにもおいしそうだから……ではあるが、それは理由の半分だ。


「先輩」

「なんでしょう?」

「なんで僕は先輩の家にお邪魔してるんですかね」


 高校から電車で5駅。そこから徒歩で20分。庭付き一戸建て、というか、庭園付き一戸建て。入る時に気後れするほどだった。畳敷きの応接間に置かれた机の上に隣り合って並ぶのは二つの寿司桶。僕と先輩のぶんである。


「試験が終わったらお寿司を食べる、という約束。しましたよね?」


 先輩が可愛らしく小首を傾げる。


「しましたけども」

「あ、もしかして……やっぱり一つじゃ足りませんでした? 私のぶんから食べます? イクラ以外でしたら、どうぞ」

「そうじゃない、そうじゃないんです」


 学生なのだし、せいぜい回転寿司の話だろうと考えていた。しかし現実目の前にあるのは、矢鱈に高級そうな寿司……それ以前に、店ではなくて先輩の実家だ。


「その、なんで家に……」

「大事なお友達を、試験を頑張った後輩を。……かわいい彼氏さんをおうちに呼ぶのは、いけないことかしら?」

「い、あ、」


 どう応えるべきか迷って開いた口に、カッパ巻きが押し込まれる。


「あーん、なんて。ふふ、美味しいかしら?」


 微笑む顔を見ていると、何も言えなくなってしまう。……やっぱり、先輩はズルい。仕方なしにカッパ巻きを飲み込んだところで、先輩は思い出したように言う。


「ところで、一つ聞いておきたいの」

「なんでしょう。カッパ巻きの味なら十分美味し……」

「夕飯も店屋物でいいかしら? 生憎、まだレパートリーが少なくて。あ、でも朝ごはんは洋食も和食も練習したから。好きな方を教えてね?」

「……あの、先輩?」

「お父様もお母様も、今日は帰らないのよ」

「……先輩?」


 先輩は、ズルい。とんでもなく、ズルい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先輩と寿司を食べにいく話。 紅井寿甘 @akai_suama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ