光の檻
黒須カナエ
序
鬱蒼と木々の茂る暗闇の森
けもの道の山道をしばらく上ると、とても古いが立派な屋敷があった。
門構えはしっかりとした長屋門で、傾くことなく堂々と建っていたが、そのところどころは朽ちかけ、長年風雨にさらされた木板は傷んで真っ黒に変色していた。
たまに、いくつか大きな黒い塊がその門を慣れた様子でくぐり、屋敷と森とを出入りしている。門と同様にずいぶん手入れなどされなかった庭は荒れ果てていた。ただ、庭奥に置かれた昔から使われている古井戸だけは健在で、新鮮でうまい湧水を今でも飲む事ができた。
この立派な屋敷は、かつてこのあたり一帯を広く治めていた王に仕える、武人達の住処であった。そして、とうの昔に主を失い行き場すらなくした武人の末裔達が今もこうして住み着いている。
どの者もまだ若く、健康で、体つきや耳や尾の毛並みはとてもよいのだが、闘いなど何世代も縁遠い隔離された場所柄か、何せありあまる体力のせいでいつもふらふらと暇を持て余し、食べ物や雌に飢えた時などには山を下り、近くの街や村で略奪まがいに盗みを働く事すらあった。
決して理由もなく無闇に襲うような事はなく、一族根絶やしにするような悪事を働く事もないのだが、ふとしたところに現われては厄介事を起こすので、近隣の村々にはあてのない不良のたまり場として忌み嫌われ、すすんでこの屋敷近くに寄る者などはいなかった。
寄ってくるとすれば、村を追われたはぐれ者か、一番近くの街“グラノドール”からたまに買われてやってくる売春婦や、村の誰かが引きいれた娘くらいのもので、そう言った者たちも決して定住はせず、数日のうちにいつのまにか去って行った。
一体誰が言い始めたのか、『粗野村』と呼ばれるその村は、かつての栄光など微塵も感じられぬ荒廃した様相ではあったが、屋敷の周りにはいまだ美しく豊かな自然が広がり、山の頂近くにあるため眼下に広がる街並みを随分遠くまで見渡す事ができた。
一族は、武人の血脈を受け継ぎ、代々毛並みは黒く長毛種で、運動能力に長けている。
その者たちの中でも特別身体が大きく、頑丈で、より毛並みのいい成犬種の雄が、今はこのならず者たちを治めていた。治める、と言っても特別指揮を執るようなことはない。齢も他の者とさほど変わらぬ若さではあったが、ただ誰より強いという単純明快ななりゆきで暗黙のうちにそう決まったのだった。
授かった名をロディール。
周りの者からはロンと呼ばれる、村一番の荒くれ者である。
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