8「ゼロ」
腕を引っ張られ連れて来られたのは、彼女の部屋だった。しばらく一緒に住んでいたが、入るのは初めて。女の子の部屋は、やっぱり少し緊張する。
その部屋は、思っていたのとは違い明るく、そして薄桃色の映える色彩だった。
「ここだけ、昔そのままだから」
昔。彼女が誘拐される前。彼女の家族が殺されてしまう、前。
彼女はベッドに腰掛ける。その横に、自分も座る。
「ねぇ、キスしていい?」
彼女は聞いてきた。それには無言で、こちらから。唇と唇を重ね合わせる。驚いた様子で、それでも彼女は目を閉じる。自分も、目を閉じる。微かな吐息が、視界を失った中では大きな存在に感じられた。
長いキスの途中、彼女が愛おしくなり、腕を彼女の体に回す。すると彼女もか弱い腕を回してきて、我慢出来なかったのか彼女は押し倒してきた。スプリングによる反動で体が揺れる。
「今日で全部やりたいことをやって、それで最後にしよ?」
やりたいこと。最後。その先に至る結末は、判っていた。これでも彼女を一番理解していると自負している。だから、最後まで付き合うつもり。
「うん、判った」
「そんなに簡単にオッケーしていいの?」
「だってキミの願望は、こちらの願望でもあるから」
「どうして、ヒロちゃんはそこまで私のことを信じられるの?」
「ただ、好き、だからかな」
「……判った、もう何も言わない。途中で止めたかったら、やめていいからね?」
いいや、ついていける所まで、ついていくよ? それが、生き甲斐になってしまったから。
そして自分達は内も外も重なり合った。当然だが、彼女の方が慣れていた。彼女の過去がそこまでのものだと、改めて実感した。でもいいんだ。それでも彼女は彼女だし。
「じゃあ、これで全て、終わりにしよ?」
彼女はとある缶を取り出した。そして、その缶を開けた。開けた直後、その中に入っていた液体を辺りにぶちまけた。
その作業が終わった段階で、彼女はぎゅっ、と抱き締めてくる。
「ねぇ、ずっと一緒だよ?」
「判ってる、出てったりしない」
「私は天国とか、絶対に行けないけど、ついてきてね?」
「うん、どこまでもついて行ってあげるから」
「ならしょうがないな……。だからヒロちゃんを好きになっちゃったんだね」
「キミの方こそ、何に対しても戸惑いを見せないそれが、こちらにとってのチャームポイントだよ」
だんだん体が痺れてくる。うん、何故かは判っている。それでも、彼女といることを望むのだから。彼女が望むことを、応援するのだから。
そして彼女は自分の価値をゼロにしてしまった。まあ、自分もだけど。うん、さよなら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます