4「ブレーキ」

 ブレーキは元々あったけど、あの日で壊れてしまった。たとえるならそんな感じだろうか。

 あの日の後も、ちゃんと学校へ行っている。彼女も一緒にだ。そして、一緒に住むようにもなってしまった。彼女の家、実は彼女の家族が殺されてしまった家そのままなんだけど、慣れてしまえば怖くない。いや、ちょっとは怖いけど、平気にしている彼女を見ていたら怖じ気付く自分が嫌になってしまった。

 十三時、お昼休み。いつも通り、屋上に出る。そしてきっかり、携帯電話に着信が入る。これは前から、ずっと。

「もしもし?」

『あ、もしもし。あん子はちゃんとやれとる?』

「はい、学校には行けています」

 電話の相手は別に、彼女の親戚ではない。彼女の親戚は、彼女と関係を絶ってしまっている。

『もうすぐ大学生やろ? そのお金は面倒みたるから、ちゃんと行かせるんやで?』

「まだ、二年生ですよ?」

『そやっけ? まあいいわ、来年はちゃんと言ってな、これも自分なりの「罪滅ぼし」やから』

 電話の相手は四年前、彼女を誘拐したグループのリーダー。あんな事件があり、事件の直前に彼女を誘拐してしまった自分達も遠からず警察に捕まる、と覚悟を決めていたのだ。だけど彼女は約束通り誘拐のことを言わなかったため、彼らは捕まらず、その代わり彼女は地に堕ちた。それで、彼は罪滅ぼしをするため「知り合いの知り合い」だった自分と連絡を取り、こそっと彼女を金銭的にサポートしようとしているのだ。その辺りの事情は彼女から「誘拐された」っていう話を聞いて、それをカマ掛けしたら白状したんだけど。それを聞いていなかったら「とりあえず良い人」で終わっていたから、謎が解けたというか。──定職もちゃんと見つけており、彼女がちゃんとしかるべき教育を身に付けられるまで結婚もしないつもりらしい。独身なら、お金に余裕が持てるからだそうだ。そしてそのお金を、彼女に回す、と。誘拐なんてしたけど、根はやさしい人なのだ。

『で、あんたはあん子と一緒に住んでるらしいけど、上手くいっとる?』

「ええ、問題なく」

 まあ、ちょっと問題はあるけどね。

『あん子、正直言うてどん底に堕ちてしまたやろ? あまり言いたくないけど、日々の家事とか大丈夫なん?』

「何か、最近は頑張って思い出しているみたいです。あとはまあ、あなたが言った『一千万の価値がある』発言が心の支えみたいですよ?」

『マジか? 別に、そんなんで言うたんやないけどな』

 少し照れているのが、電話越しでも伝わってきた。

「いいじゃないですか、あなたも彼女の心の支えになっているみたいですよ?」

『恥ずかしいこというなや! でもな、今の支えは君やで。それは忘れんなさるな?』

「ええ、了解です」

『じゃあ明日、またかけるわ』

 その彼の頼みで最初は近付いたんだけど(その時はただ、彼女がちゃんと学校に行っているかを知りたかっただけらしい)、すっかり彼女に取り込まれてしまったなあ。ふと、そう感じた。でも彼女、なんで高校はちゃんと入ったんだろうか。ここはそこそこの進学校だから、入試も大変だったのに。

「電話、誰?」

 おっと危ない。彼女がすぐそこに来ていた。

「まあ、ちょっと遠くの知り合いかな」

 嘘ではない。彼はここを離れ、地元でせっせと働いているのだ。

「私も知ってる?」

「どうかな、よく解らない」

 まあ「キミを誘拐したグループのリーダーです」と言えば解るだろうけど、声だけ聞いたら多分気が付かない。だからこれもこれで、合っている。

「そっか……、なら、一緒にお弁当食べよ?」

 これだけ見たら普通の女の子なのだが、教室ではどんよりとした空気を演出している張本人のため、誰も近付かない。そして彼女の魅力に、誰も気付かない。彼女は自分だけのものと考えてしまうと、何と言うか、照れくさくなる。

「今日は……、えっと……」

 力作だということは解っている。朝から頑張って作っていた。解っているのだが、一色に染まっているのだ。真っ黒に。

「えっと、これは卵焼きかな?」

「当たり。どうぞ?」

 ご飯まで真っ黒なのは、表面を海苔で覆っているからである。つまりこの黒色一面弁当は、確信犯。ああ、先日黒焦げの金ぴらごぼうを「おいしいよ」と言ってしまったからだ。

「金ぴかごぼうも、ちゃんとあるよ?」

 しかも名前間違えてるし。まあ確かに、光ってはいるけどさ。

「うん、解った」

 けどそんなのは気にせず食べてしまう自分はすっかり、彼女に首ったけな状態になってしまっている。

「おいしい?」

「おいしいよ」

 実際は苦い部分もあるけど、大体はおいしい。うん、おいしいんだ。そう思うことにする。

「明日は何がいい?」

「そうだな……」

 とは言っても、結局は真っ黒になってしまうのだが。色んな意味で。手伝おうかとは思ったけど、拒否されたので仕方ないのだ。

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