da capo

丹羽庭子

da capo


  

 大好きな相手の好物を用意することだって、好意の表れよね?


 彼のことは好きだ。だからこそ、彼の好きなものを用意したい。

 そう思いながら、会社の昼休みを利用し、私はスマートフォンをタップする。

 新メニューは明後日の金曜日から、か。

 とある回転寿司チェーン店のホームーページからそのキーワードを拾った私は、早速SNSを使い、彼にメッセージを送る。

 ――土曜日どう?

 返信は、私が仕事に戻ろうと席を立った時にきた。

 ――おけ

 とても短いやり取り。前後に何も会話がないのは、付き合って十年にもなるトキメキのない恋人同士だからだ。阿吽の呼吸のように、言わなくても通じるという居心地よさがある。

 ただ、最近ひしひしと感じていることがあった。

 それは、結婚。

 嫌な二文字だ、と私はモニターを睨みつけ、伝票の数字を殴りつけるようにテンキーで打ち出していく。

 だいたい女は不利だと思うのだ。出産というイベントは年齢という壁があり、しかし社会で働くとなると、ある程度の年数勤務しなければ無責任と言われかねなくて――

 悶々とするこの思いの正体は何だろう、と思いながら、週末を待った。

 

「じゃあ、焼きアナゴの炙りチーズ……っと」

 私が前もって調べていた新作メニューを慣れた手つきで液晶モニターから発注する。すぐさま届いたそれを渡すと、彼はパクリと一口食べ、その途端、パッと目を輝かせた。

 ああ、調べてよかった、と私は胸をなでおろす。

 彼は寿司が好き……というか、寿司の変わりダネが特に好きという変わったところがある。それが新作込みで常時あるといえば回転寿司だ。

 週に一度は必ず回転寿司。デートのたびに回転寿司。変わりダネでも麺でもデザートでも自由度が高く、しかも安価なのは大変ありがたい。

 でも彼の事が好きじゃなかったら、こんなに来ないし調べないわ。

 くるくるまわる、回転寿司。

 デートも同じように繰り返すけれど、いつかは止まって気づいてね。

 

 ――女の私も鮮度が命なの。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

da capo 丹羽庭子 @niwa_niwako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ