第11話 回想4



「おお、麗しい? 姫よー。僕はキミのことを、思うと……えーと」


「…………はいカット」


 まるで苦虫を噛み潰したような顔で睨まれた。


「ええっ!? またぁ?」

「全然駄目ね。もう一回最初からやり直し」

「私は別に王子様役じゃないから、ちゃんと言わなくてもいいんじゃない?」


 文化祭で彼女のクラスの出し物が演劇になったので、台詞の練習を手伝っているんだけど、何故か関係ない私が逆に指導されていた。


「わかってないのね、こういうのは雰囲気が大事なの。相手役の演技が棒だったら練習にならないのよ」

「そう言われても演劇とか苦手なんだよね」

「……はぁ。もう一度最初からお願い」

「わかった」


 彼女の役は他国の王子様に想われる王女様。彼女は綺麗だし、気品だってあるし、ぴったりな役だと思った。

 でもこういう目立った催し物に参加するのが嫌いな彼女が、どうして主役を引き受けたのだろう。きっと聞いても教えてくれないだろうから聞かないけど。


「どうして、貴方がここにいらっしゃるの?」

「もう一度、キミに会いたくて、隣の国からやってきた、んだ」


台本を見ながら、自分に出来る精一杯の演技で台詞を読んだ。何度も噛んだり棒読みだったりで、自分でもこれは酷いと思う。彼女の方は流石で台本を見ずにスラスラと台詞を口にしていた。


「いけません、貴方は敵国の王子様ではありませんか。見つかったら大変です」

「それでも、キミに会いたくて」

「どうして、そんな危険なことを」

「…………えーと、馬が」


 スパーン! と台本で頭を殴られた。

 あんまり痛くないけど、いきなり殴るのは酷くない?


「馬って何よ。どこにそんな台詞があるの? 何で台本見ながら間違うのよ」

「ご、ごめん。あれ、飛ばして読んじゃったみたい。えーと、次の台詞は――」


間違えないように台本に書かれた台詞を指でなぞりながら、次の台詞を読み上げる。


「キミのことを、愛しているからです」

「……………………」


 どうしたんだろう? 私を見たまま口を開けて固まってるんだけど。

 また台詞を言い間違えてしまったのかと思って台本を見返すけれど、言った台詞は間違っていない。それに次の台詞は彼女のものだし。


「あ、もしかして台詞忘れちゃった? ほら、ここ――」



 スパーン! と軽い音が庭に響く。

 また台本で殴られたと思ったら、彼女は背を向けて小走りに屋敷へと向かっていった。

 いったいどうしたんだろう? トイレかな? でも殴らなくてもいいんじゃ。

 しかたがないので、彼女が戻ってくるまで台本を読んで練習してようっと。

 それからしばらくすると、彼女は少し不機嫌そうな顔で戻ってきた。


「おかえり。続きからはじめる?」


「……ええ」


 すう、と息を吸って彼女は演技を始める。

 真剣なその表情に感化されて、私も自然に表情を引き締める。


「まあ王子、いけません。それは許されない事なのです」


「例え禁忌の恋であろうと、構わない。僕の、キミへの想いはもう止められないんだ」


 この辺りの台詞はさっき覚えたので、台本を見ずに彼女の目を見て読む。


「……ああ駄目、駄目です王子!もう何も言わないで」

「何度でも言うよ。キミのことを愛していると」

「…………………」

「あれ?」


 また彼女が台詞に詰まる。

 どうしたんだろう、やっぱりこの辺りの台詞覚えてないのかな?


「ね――」



 ガッ!!



「痛ーーーっ!?」


 今度は台本の角で頭をおもいっきり殴られた。理不尽にも程がある。殴られた部分を擦ってみると、コブにはなってないようだったが触るとズキズキと痛んだ。あまりの痛さに目に涙を浮かべて彼女を睨む。


「あたた、何するのもう」

「~~っ」


 何ともいえない表情で睨み返される。

 彼女の不可解な行動を理解できないので、どうすればいいのかわからない。


「ほら、ちゃんと練習しないと」

「――今日はもういい、終わり」

「えー」

「それより、この間言っていたことだけど……」

「はいはい」


 彼女はいつだって、人のことなんてお構いなしで、自由気侭だった。


 でも私はいつだって、そんな彼女を憎めないのだ。



 しかたないなぁって笑って、許してあげるんだ。


 

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