6「校長」

 突然扉の閉まる大きな音がして、恵美は顔を上げる。

「あ、来たようですね」

 そしてこちらに向かってくるのは始業式や終業式での長い講話でお馴染み、この学校の長たる人間だった。

「……校長先生?」

「ここで、何をしている? カギはどこから借りてきた?」

 校長は近付くなり矢継ぎ早で聞く。

「えっと、ちょっと気になることがあって」

「気になることって何だ!」

「いや、多分コンクリの中の鉄筋の錆でしょうけどね、何か赤い液体が垂れてきたので何かあるかなって」

「何もない! 解ったなら早く戻れ!」

 雫の話を聞いた後なら、明らかに不審だと恵美には感じられた。

「でも、雫ちゃんが……」

「シズク? そんな生徒うちにはいないはず──」

「でもここにいるみたいですけど?」

 恵美は雫の方を示す。校長は彼女を見て、ふと首をかしげ、そして驚愕した。

「ま、ま、まさか久美先輩──」

「そう、元天文部部長、久美 雫ですよ?」

 恵美はここでやっと、彼女の話が真実だと理解した。幽霊云々についてはまだ半信半疑だったが。

「な、何で──」

「何でって、ここに亡骸をそのままの状態で保存したのはあなたの裁量でしょう?」

「ま、まさか僕を呪う気じゃ──」

 校長の発言は、暗に自分が彼女を死に至らしめた犯人だと自供したようなもの。聞いていた恵美は内心驚いた。

「何でそんなことをする必要があるのです?」

 雫は当然、といった顔で校長をじっと見る。

「そんなこと、考えたこともありませんでしたよ? それに私は最初から、私の死に関与した人物を知っていたのですから」

「じゃあ何で幽霊となって出てくる!」

「だって供養されていないですし」

「行方不明になってしばらく経ったら、形式的でもしているはずじゃ──」

「だって肉体は、魂は、ここにありますから。そのおかげで学校からも離れられないみたいです」

「うーんと、自縛霊っていうやつ?」

 ふと、恵美は思い当たるまま発言する。

「さあ? 自分でもよく解りません。まあ私はこの学校にいると楽しいから、このままでもいいかなって思ってますが」

「……」

「校長先生?」

「……」

「──恵美ちゃん、ちょっと下に降りてて?」

「あ、はい」

 言われた通り恵美はその場から離れ、階段室に入り、そのまま下の階へと降りていった。しかしそこに愛紀の姿はない。

「あいちゃん?」

「こっちこっち」

 小さくではあったが声が聞こえ、それと同時に左腕を引っ張られた。

「な、──」

「私だよ、ちょっとだまってて」

 愛紀は恵美の口を塞いだまま、天文部の倉庫へ連れ込む。連れ込んだ所で、恵美が一人で下りてきたことに気付く。

「あれ、くみちゃんは? まさか、校長先生を──」

「いや、雫ちゃんはそんなことしないと思う。だって、恨んでないって──てか何で、あいちゃんはその話を知ってるの?」

「そこの天文部部長に聞いたから」

「あ、こんにちは──って、男の子だったの!」

 恵美は「愛紀が天文部長と友達だ」ということは知っていたが直接の面識はなく、名前からも女の子とばかり思っていた。

「そう、最初から男の子だよ?」

 田沼は心の内でショックを受けていたが、二人は気が付かない。

「じゃあさ、あいちゃん、……狙ったりしないの?」

 後半は愛紀にだけ聞こえるようなボリュームで。

「実はさっき告られたの」

「えっ、じゃあどうするの?」

「今は考え中かな」

「えー、勿体ないよ? あいちゃんのことを好きになってくれる物好きなんてめったにいないよ?」

「さりげなくひどいこと言ったよね、しーちゃん?」

「だって事実だしー」

 その時、大きな物音が外から聞こえる。何処かから柔らかくて固い、何かが落ちるような。

「ま、まさか雫ちゃんが──」

 恵美は慌てて飛び出そうとして、田沼に腕を掴まれ止められる。愛紀はその場で座り込んでしまい、動けない。

「いいからこのままここに。変に行ったら疑われる」

「でもこのままだと雫ちゃんが犯人に──」

「本当はいないはずの存在なんだ、何とかなる」

「てか私達がここにいたら、真っ先に疑われるんじゃ──」

「ここにいたのは天文部の用事で手伝いに駆り出されたってことにすればいい」

 そこに、すーっと影が入ってくる。その影はぼんやりと人の形を作り、そしてだんだんはっきりとしたものに。

「雫ちゃん!」

「くみちゃん、これは──つまり」

「いいえ、私が殺した訳じゃないです」

 雫は、少し俯く。

「恵美ちゃんが屋上を離れてから、私は彼に色々なことを尋ねました。けど彼は答えてくれず、無言のままでした」

「どんなこと?」

「ごめんなさい、それは内緒」

「うん、了解」

 あっさりと、恵美は退く。

「そして彼は突然──手すりを乗り越えて下へ」

「下へってことは、つまり──」

「ええ、多分助からないかなと」

「……どうなるのかな、これから」

「警察とか、いっぱい来るよね。──見つかっちゃったり、するのかな」

「まあそれは運次第って所だな。見つかったとしても久美さんの両親はもう亡くなってしまってるから、どうしようもないんだけれど」

「てか真っ先に田沼くんのことを疑ってきたりしない? 色々あったし」

「疑われる条件があるんだよな……。実際は自分からだというのに」

 何処からか、サイレンの音が近付いてくる。救急車とパトカー二種類以上の音が、だんだんと。

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