裏目探偵

愛知川香良洲/えちから

プロローグ

「なるほど、つまり相手の不正を暴くために、確実な証拠が欲しいわけですね」

 とある雑居ビルの二階。人通りの多い通り側の窓に貼る形で「調査依頼承ります」と看板を出しているのが押水探偵事務所である。

「はい、ここで調べてもらえば確実と聞いたもので」

「んー、なるほど……」

 応接スペースの対面に座る女性を見て頭を抱え、空を仰ぐ。この事務所に来る依頼は大抵二パターン、自分の前の事務所である「オフィスタケガキ」からの紹介か、とある噂を知る人から「騙されて」ここを紹介されるか。今回の依頼者は、後者か。

「確かに、調査結果に不備を出したことはありませんが、……私のことを、世間ではなんとお呼びか知っていますか」

「いえ、細かいことは……」

「裏目探偵、です」

 押水祐樹、二十九歳。押水探偵事務所の所長。そして、裏目探偵と呼ばれている。

「……ウラメタンテイ?」

「ええ、その名の通りです。依頼されたことについて調べていると、依頼者の秘密に触れてしまうのですよ。もちろん守秘義務は守りますが、残念ながら、結構お怒りになる方も多く……」

 お前は探偵向きだが、探偵になるべき人間ではない。前の探偵事務所の所長から、事務所を追い出された時に言われた言葉だ。厳密には追い出されたわけではないが、まあ同じようなものだ。

「そうですか……。わかりました、他のところ行ってみます。お手数おかけして申し訳ありません」

「いえいえ、他も当たってみてこちらがよい、ということになれば引き受けさせていただきますので」

 依頼者の女性が帰って行くと、少女が事務所の奥から顔を出した。

「いいですの? せっかくのお客様でしたのに」

「相手が納得するような依頼じゃなきゃ、受けたくない」

 少女の名前はケイ。あくまでも自称。いつだったか転がり込んできて、「見た目は少女、頭脳は大人ですの!」と少女探偵を名乗っている。まあその実力を認めてるのは俺くらいで、それゆえ養っているわけだが。

「だからいつまで経っても貧乏暮らしなのですよ? 貪欲にいかなきゃ探偵はやっていけないですわ」

「今でも、やっていけている」

「所長さんのおかげでしょ?」

 ケイのいう所長とは、もちろんこの俺ではなく「オフィスタケガキ」の所長のことである。「オフィスタケガキ」は独自に探偵養成学校を持つなど大規模な事業を手がけており、ここの家賃の負担など朝飯前らしい。その所長がいうには、「こちらの都合で独立させたから、軌道に乗るまでの世話は当然」らしい。まあ、「軌道に乗ることはないだろうがな」と付け足されたが。

「それに、話を聞く限りでは確実に不正があるということでもないが、見つけ出さなきゃ納得してもらえないだろう」

「とかいって選り好みしてるほど、余裕もないですの。あたしだってたまにはお肉も食べたいですの」

「居候の分際で、何言ってんだか」

「居候にしては、働いてると思いますのよ?」

 正論を言われ、俺は言葉に詰まる。確かに、こっちは依頼者の闇ばかり見つけているのに対し、直接つながる成果を上げているのはケイの方だ。まあ、少女ということで何かしら情報も集めやすいのかもしれないが、それは俺の知る範疇ではない。

「まあ、ユウキが納得しなければ仕事も上手くいきませんものね。自分の思う通り、やればいいですの」

 年下の少女に労われては、立つ瀬がない。

「まったく、次の依頼は多分受けるだろうから、その時はよろしくな」

「了解ですの」

 ふと時計を見ると、午後一時を回っている。そろそろ昼ご飯にしないとな、と思い俺は席を立った。

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