第百三二話 人質
「ど、どこ......?」
気が付いたら、自分は冷たい石の空間に閉じ込められていた。
薄暗く、光源は鉄格子の向こうにひとつあるのみ。
下に目をやると、白かった衣服はぼろぼろに汚れ、自らのものと思われる血も所々に付き、酷くみすぼらしい姿になっている。
両手両足が鎖でつながれてるため、身体を動せるのは非常に限られている。
「......ああ、私......」
ここで思い出した、あの屈辱を。
あのピンクのスライムに与えられた、敗北。
必死に抵抗しても、自分の攻撃が当たったと思えば、瞬く間にしてゼリー状の体が結合する。
積み重なるのは自らのダメージのみ。
これほどまでにない無力感を感じながら、ミカは地に伏した。
意識が途絶える直前に見た、あの全力で嘲る笑い顔は鮮明に覚えている。
となれば今この状況にも察しが付く。
この後ミカはそいつ、或いはその組織がミカを拘束して、ここに叩きこんだのだろう。
意識は闘いのせいか未だ少しぼーっとしていて、ビームを放つ体力もない。
「......ねえ、誰か、出してよ」
「それは駄目なのだ」
返事は向こうの階段から、高めの声で響いた。
人が地面を踏む音ではない、なにか粘っこい音を出しながら階段を下りている。
ある程度の察しがその時点でできたが、階段を下りて姿を現した時にそれが正解と分かった。
ピンクのゲル状の生物が、ヌルヌルと階段を這いつくばるようにして降りてきた。
一部飛び出した触手で、プラスチックのボウルを持っている。
「貴方ね、私を......」
「そうなのだ」
スライムは自分の体内から牢屋のカギを取り出して、扉を開ける。
すると、体の一部から大きく丸っぽいものが飛び出してきて、それはやがて、絵文字のような顔を形成していった。
彼の顔を拝むのは二度目であった。
「......貴方は誰? ここはどこよ?」
「ピルなのだ。ここは東京の北西に位置する、アービターの拠点なのだ」
「にしては頑丈な拠点ね」
「低レベルのエネミーの集団だと思ってたら大間違いなのだ」
ジト目をしながら彼が皿を床に置いたので中身を見てみると、水がほぼ満タンに入れられていた。
「お前の食事なのだ。お前ならこれでも1か月は余裕で過ごせるだろ。無駄に栄養を与えて暴れられても困るからなのだ」
「手を放してくれないと飲めないわ」
「顔面をつけたら飲めるだろ」
飲み方もさながら、水が入っている皿の形もドッグフードのそれだ。
「お前を人として見ない」と言わんばかりの、正に犬同然の扱いであった。
「フ......私を拷問して口を割らせようって魂胆ね」
「いいや、お前はディフェンサーズを誘い出す『道具』になってもらうのだ」
「道具?」
「お前はディフェンサーズのNo.2。その強大な戦力を失い、地上の
「何?」
「お前の妹、メイリー・エドモンドに、ナンバーズ一人を潰すように組織が仕向けた」
その言葉にミカは底知れぬ怒りを感じ、思わず口を歪めた。
衝動的にピルに飛び掛かろうとするが、ギリギリのところで鎖が足らず、そこからどうやっても手が伸ばせず、諦める。
にやついた顔で自慢げに話すピルは、その状況でも未だに崩さない。
「まああれはほんとに小細工なのだ。成功するとも思ってない」
「外道ね、貴方」
「外道というのは悪口にはならないのだ。いずれにせよ、この戦いで主要な戦力を投じこんでくるはずだ。そこを一気に迎え撃ち、撃沈させれば、人類は終わり、我々怪物たちの時代が幕を開ける......!」
「無理よ」
「何?」
ミカは即座にそれを切り捨てると、ピルの顔はムッと眉間にしわを作るような顔を作る」
「ディフェンサーズをなんだと思ってるのかしら? こっちには化け物が大勢いるのよ。上級にも強者が存在するわ。貴方、舐めすぎよ」
「いきがっているのも今の内なのだ。まさか互いに作戦が被ってあの地下シェルターを壊滅させられるのは予想外だったのだが、それでも大きな損害ではないのだ」
ピルは鉄格子をすり抜けて外に出て行く。
あたかも鉄格子の存在がなかったかのようにである。
「それが、貴方の能力......」
「そうなのだ。後当然だが、用が済んだら始末するのだまあせいぜい短い命を満喫するんだな!」
鉄格子のカギをかけた後、ピルは高笑いしながらその場を去っていった。
鎖が擦れる音だけが聞こえる。
「......メアリー......」
今頃大いに悲しんでるのだろう。
ピルの言っていた小細工にまんまとハメられていないか心配になる。
いや恐らく、彼女のことだからハメられてるのであろう。
こんなに自分が情けないばかりに、こんなことになってしまった事を悔やむ。
皿に目を向けてやると、悲しむ自分の顔が映っていた。
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