第百二七話 白い敵 その2

 「はっ――」


 何の前触れもなく、突然出てきた白いものに、アマツは最初反応できなかった。

 それでもとっさに身体を傾けて何とか回避する。


 「っ......」


 首をかすった感覚がしたと思えば、その周りが生暖かく感じられた。

 完全には避けきれなかったらしく、そこに手を当ててみると血が付着した。

 一瞬ゾクっとした。


 (危ねえ、もう少し内側だったら死んでたかも......)

 「アマツ!」

 「大丈夫だアリアス、このくらいなら治る」


 アマツはアリアスに心配を掛けないようにしつつ、あの白いコートの方を見る。

 そのコートの間からは、さっきアマツの首をかすめた、白く、所々で血管が不気味に脈打っている物体が顔を出している。


 「見事だ! かすったとはいえ私の攻撃を避けるとは!」


 白い敵はまるで我が子の成長を見たかのように喜ぶ。


 「お前は、誰だ......」

 「『誰だ』か......俺は何を言われてもいいんだがな。『白い敵』か、『ホワイトマン』か、いっそのこと『エネミー』ってだけでも......だが、聞かれた以上は、言わなければな。俺は『コーディ』だ」


 コーディは名乗りつつ、頭にかぶっているフードをめくり上げる。


 「人間なの......!?」

 「厳密に言えば、『元』人間だ、お嬢ちゃん。まあどっちでもいいんだがな。そっちディフェンサーズにも化け物じみた連中はいくらでもいるんだろ?」


 顔が傷だらけであるが、人の原型は保たれてあった。

 坊主であるが、左側が醜く傷ついており、生えていない。

 だが確かに、人間の顔をしていた。


 「コーディ、お前はあの23区の......」

 「ああそうだ」


 アマツの問いに即答。

 そのそばで白い物体が、彼の背後でウズウズしている。


 「......さあおしゃべりはここまでだ。本当ならナンバーズを狙ってたんだが、せっかくだからお前らの実力が見たい。さあ、私の『白鉄はくてつ』を耐えられるかな?」


 その『白鉄』という部位は、さっきのようにコートのしたから勢い良く飛び出してくる。

 今度は一本増えて二本だ。


 「来る!」


 二人は一瞬で迫り来る白鉄を避ける。

 かわされた建物の柱の一本を粉々に砕いており、スピードだけでなく威力も大きいのが見ての通りだ。


 (唯のエネミーじゃねえ......!)


 最近戦ってきたエネミーとは明らかに一線を画している。

 隙ありと思って炎を撃っても、白鉄を足代わりに器用に飛んで回避したりしてしまう。


 「オラァ!!」


 首元の傷が治ってきたころ、空中でアマツ達に向かって幾度も白の尻尾を叩きつけてきた。

 コンクリートの地面は割れ、地響きも起こして、回避するのは少し厳しかったが、なんとか避けきる。

 コーディがスタっと地面に足を付けると、彼らに背を向けながら一言。


 「......お嬢ちゃん、左手を見てみな」


 「え、左......?」とアリアスが言ったかと思うと、「ひっ」と小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。

 コーディの言葉にアマツもアリアスの方を見てみると、左アームの手が、斜めにきれいに切断されているのが分かった。


 「アリアス!」

 「い、いつのまに手が......」


 アリアスめを見開きながらそれを見つめる。

 彼女も言われるまで気づいていなかった、つまり斬られた感覚がなかったのか。

 それほどコーディの切れ味が鋭いという訳か、あんなに柔らかそうなのに。


 「くそ......!」


 アリアスの左手の敵だ、と意気込んで彼の背中を攻めるが、また白いのがムチのようにしならせながら突如として襲ってくる。

 足元に向かってきたので、飛んで回避したのがまずかった。

 これを待っていたといわんばかりにもう一本、アマツの真正面に急接近する。


 (しまった......!)


 ここから回避しようにも、足が浮いているのでどうしようもない。

 彼の術中に見事にはまってしまったのだ。

 ならば防御をせざるを得ないと、自らの前に炎の壁を展開する。

 しかしこれも駄目であった。


 「が......!!」


 壁をいとも簡単に突破されると、アマツの脇腹に直撃し、痛みがした。

 白鉄はそこにめり込んでいった。

 それが抜けると、腹から血が流れ出てきて、口の中も血の味がする。


 「甘いな小僧、足を地面から離すとは」


 コーディは余裕そうである。

 とはいえ今は回復能力があるし、一応壁の効果はあったらしく傷は浅い。

 この程度の傷は致命傷にはならないはずだ。


 「アマツ!!」

 「く、なんの......!」


 その痛みを耐えながら、アリアスとの連携を取ってコーディ攻略を試みる。

 コーディの白鉄の一本をアリアスは腕と脇で拘束すると、アマツはその機会を逃さまいとコーディに近づく。


 「ん!?」


 初めて驚く表情を見せたコーディは、もう片方をアマツに突き刺そうとするが、それを回避し、とうとう懐にまで近づく。


 「喰らえ!!」


 アマツは叫びながら炎を宿した右こぶしを思いっきり彼の、アマツと同じ腹に殴りこむ。

 手は腹の表面を破って内部にまで入る。


 「ぬおぉ......」


 コーディが呻き声を出す。

 効いているようだ。

 だが、してやったりと思いながら拳を引こうとすると、彼の身体から抜くことができなくなっていた。

 腕元を見ると、あの白鉄が傷ついた部分から生えてきて、それが枯れの腕に絡みついていたのだ。

 嫌な予感しかしなかった。


 「俺に隙を作らせるとは、なかなかよ......だが!」


 コーディはそういうと、アマツの顔に向けて大きく口を開く。

 まさかの頭をかじるのかと思ったら、どうやらそれよりもむごい攻撃を仕掛けようとしていたようだ。

 一般の人と同じ赤い口の奥を見ると、うねっている物体が見えた。


 「え、おいまさか......」


 そこから白鉄を出すつもりなのか。

 必死に腕を引っ張るが抜けない。

 いくら回復があっても頭を粉砕されたら一発でアウトだ。

 万事休すかと思いきや、コーディの顔の側面に突然蹴りが入った。

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