第百二五話 なぜ、なった その2

 サラ・マルベールは、ごく普通の家庭で生まれ育った。

  身体能力が高いのと、それに補正をかけたかのように体が弱いというの以外では、他の子とは何ら変わらなかった。


 小学生低学年のある日、体育の授業中で、生まれて初めての発作が起きた。

 その時はあまりの激痛に意識を失い、目が覚めたときは白い天井と、心配して見守っている両親が一番最初に見えた。

 「ここは病院で、サラはお医者さんに助けられたのよ」と母に言われた。


 こうして彼女は救われた。


 ここで初めて、運動するときの負担に弱いという体質が発覚した。

 当然、医師には運動の量を制限され、体育の授業も、種類によっては見学を強制された。


 時は少し流れて高学年、家族と出かけてた時だった。

 彼女の前にエネミーが現れた、相当な強さだったらしい。

 涙を流しながら逃げる彼女の前に、一人の黒服の老人が現れた。

 No.1であった彼は、指一本触れずにエネミーを果物の搾りかすのように倒してしまった。


 こうして彼女は救われた。


 助けてくれた人の名は、当時ディフェンサーズNo.1だった『足羽浩あすわ こう』と言う。

 その圧倒的な戦いぶりに惚れたサラは、将来は自分もディフェンサーズに入ると志した。

 当然両親とは揉めたが、結局それを押し切り、高校卒業後にディフェンサーズにいきなり上級戦士として入隊。

 「今度は自分が救う番だ!」と、サラは張り切っていた.

 期待の新人とされていた彼女だが、あのような体質だということは隠していた。


 だが入隊しておよそ一年後のある日日、数人の仲間でエネミーとの闘った。

 他の仲間が次々と負傷していく中で残ったサラは、長期戦にもつれた挙句、とうとう発作が起きてしまう。

 そこで自分の人生に幕を閉じるのかと思ったが、次の瞬間にエネミーは刃物で体中を串刺しにされている光景を目の当たりにした。

 愕然とする彼女に、エネミーをたった一人で一瞬で討伐したある戦士はこう言った。


 「貴様らは実力が足りないんだよ」


 こうして彼女は救われた。


 その彼女、『アイラ・ボクスベルク』は、まもなくしてナンバーズに昇格した。

 一方のサラは、発作がばれたことによって評判が落ちることとなった。

 だがそれでもめげずに、そしてあの言葉に奮起され、必死に鍛錬を積んだ。

 もちろん、発作が起きない程度に。

 そして、3年後、遂に念願のナンバーズの称号を手に入れた。


 それから時間が経つと、自分を慕う後輩も持つようになった。

 『赤城アマツ』と、『アリアス・ドロワー』。

 2人とも将来に期待が持てる逸材であった。

 だが、その二人の前にも、発作からエネミーに一方的に攻められるという醜態を晒す羽目になる。

 結局、居合いの剣術を得意とする『アシュリー・エイリー』によって始末されたものの、あの後輩たちに心配されるのは、情けないという言葉のほかになかった。


 こうして彼女は救われた。


 その後、ナンバーズという肩書きを奪われ、上級戦士に逆戻り。

 それでもある程度の需要はあり、東京銀行の作戦に参加。

 その時に戦ったあの鎌使いの人間......アシュリーによって戦闘は阻まれたが、もし続けていたら......分からなかった。

 その時にアシュリー吹っかけられた言葉が、自分のコンプレックスを爆発させ、狂ったように叫んだ。


 こうして彼女は救われ。


 クローバー殲滅作戦の時。

 再びアマツとアリアスと行動したあの時だ。

 劣勢の中に立たされないと戦闘に加われないという制限が掛けられているなか、遂にその時がやってきた。

 張り切りながらも全力投球した相手は、運悪く回復するというエネミーであった。

 段々と意地になっていると、負傷している二人が彼女を庇って再びエネミーと戦った。


 その時に、舌打ちした。

 このまま続けていたら、例によって発作を起こし、また醜い姿を披露していただろう。

 彼らはきっと、そんな自分の身を案じてたんだろう。

 なのに......最低な人間だ。


 こうして彼女は救われた。


 ※ ※ ※


 ......6つ、いや多分、気づいていないだけど実はもっと救われているのかもしれない。


 「......で、君は一体どのくらい救ったんだ、『私』よ?」


 誰の声だ。

 恐らく......サラ自身の声だろう。

 彼女が、彼女自身に呼びかけてるのだ。


 (私は......ちゃんとやったよ......救った......)

 「で、そのまま死ぬの?」

 (......)

 「全然、借りを返せてないと思うぞ。借りたものはちゃんと返さないと、子供のころに教わっただろ? もちろん、利子つきでね。そりゃあもう闇金並の」


 薄い意識の中、オレンジ色の物体......あのエネミーがサラの首を掴んで持ち上げるのを感じた。

 そろそろとどめを刺すのだろうか。

 もし死んだら......親はどう思うだろうか。

 当然、悲しむに決まっている。


 「どうするよ、このまま地獄へでも夜逃げするか?」

 (......いや、嫌だ、まだ死ぬわけには......)

 「よし、その意気だ、もうそろそろ発作の痛みも和らいできたころだろ。さあ――起きろ」


 自分の『こころの声』に奮起された彼女は、目を開くと、直後に、いま彼女の腹部をナイフで突き破ろうとするえねみーを思いっきり横蹴りして飛ばす。


 「ゲベェッ!!」

 「私は、まだ生きなければならないんだ!!」


 目が完全に覚めたサラはそう叫ぶと、まだ空中で飛ばされているエネミーに向かって思いっきり走る。

 所々の傷が痛むが、そんなの全く苦ではない。

 サラはハパンチ、キックの攻撃を浴びせる。

 エネミーも二つの大きな包丁で防ぐが、追いついていない。


 「ス、スピードが......!?」


 エネミーは攻撃の重さに耐えられなかったのか、包丁を一本、弾き飛ばされる。


 「よし――」


 だがサラは、その中を待っている包丁に一瞬気を取られ、腹部を刺される。


 「ぐっ......!」

 「ニヒヒ......」


 さすがに痛みが走る。

 だがそれを歯を食いしばって耐えると、右拳に満身の力を込める。


 「イ......!?」

 「これで、止めだっ!!」


 サラはそれを一思いにエネミーの顔面に飛ばす。

 手ごたえは確実であった。

 エネミーの顔は潰れ、そのまま体を地面に叩きつけられ、ビチャという音が出る。


 「はぁ......はぁ......」


 力を出し切ったサラは、息を切らしながら床に座り込む。

 腹を見ると、包丁がささったまま、そこから血が滲み出てきている。


 「やっと、終わったぁ......」

 「大丈夫ですか!?」


 少し遠くから誰かが走って彼女ののもとへやってくる。

 戦士の一人か。


 「おぉ......丁度いいところに......」

 「サラさんですか、今救急隊員を呼びますので」

 「うん、頼むよ......」


 そう言うと、彼女は横たわった。


 「まだ、借りは返してないんだ、まだ救わないといけないんだ、救われた分、いやそれ以上を.....私にはその義務を背負ってるんだ」

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