あまだれぼっち
千里温男
第1話
小学生になって新しい友だちができると、その新しい友だちと遊びたくてしょうがなかった。
でも、雨が降っている時に遊びに出ると母に叱られるので、じっと我慢していた。
小降りになり空が明るくなってくると、雨がやむのを待ちきれないで、外へ走って行った。
雲間から光がさして、目の片隅で何かがチカッと光った。
何だろうと思って、よその家の軒下の雨落ちの中をのぞき込むと、小さくて丸いガラスのかけらのような物があった。
近寄ってしゃがんで、じっと見つめた。
何なのかよくわからないので、手に取っていじくり回しながら、しげしげと眺めた。
それは、ガラスのように透明で、5円硬貨にビー玉をのせたような形をしていた。
大きさはその半分くらいもなかった。
雨落ちの中心部を鋳型にして作った形のようにも思えた。
けれど、突き合わせてみると、雨落ちの穴にはぴったり合わなかった。
雨に濡れているせいか、キラキラと輝いてとてもきれいだった。
もしかしたら、まだ見たことのない水晶というものかも知れないと思った。
友だちの家へ行くのはやめて、祖父の家に行って、姉に見てもらうことにした。
父の先妻の娘で私より一回り年上の姉は、私の母とはあまり折り合いが良くなくて、祖父の家にいたのである。
姉は
「あら、珍しいものを見つけたのね。これはあまだれぼっちよ。雨だれが百年くらい落ち続けた所にやっと一つか二つしかできないのよ」と言った。
その言葉を証明するように、あまだれぼっちは姉の手の中で一層キラキラ輝いた。
私はなぜか、あまだれぼっちは二つ一組で、もう一つあるような気がしてならなかった。
そして、それは雨だれが落ちている濡れた雨落ちの中でしか見つけることができないような気もするのだった。
私はあまだれぼっちを、姉からもらった柔らかい紙に包んで、やはり姉からもらった小箱の中にいれて、引き出しの奥に大切にしまい込んだ。
それ以来、私はもう一つのあまだれぼっちが欲しくてならなくなったのだ。
雨の降る日に、雨だれが落ちている雨落ちをみると、その中を確かめずにはいられなくなったのだ。
梅雨の時期になっていた。
外で遊べなくて、もやもやした不満がたまっていた。
雨が降っているにもかかわらず、私は姉に公園に連れて行ってとせがんだ。
「しょうがないわねえ」
姉は私に透明のビニール傘を持たせ、自分は淡いオレンジ色の半透明の傘を持って玄関を出た。
私は、自分の傘はたたんだまま持って、もう一方の手で姉の服のすそをつかんでついて行った。
雨の公園には人影は数えるほどしかなかった。
「ちゃんと傘の中に入っていなさい」
私は、姉の言うこともきかずに、はしゃいで子犬のように姉の周りをぐるぐる回った。
濡れた頭を姉の服になすりつけてぬぐった。
「まあ」
姉は私の頭をつんつんとつついた。
帰り道で、ふと見ると、向こうの家の瓦屋根の下にたくさんの雨落ちが並んでいた。
私は、かけ寄って、しゃがんで雨落ちを念入りに調べた。
けれども、どの雨落ちの中にもあまだれぼっちは無かった。
がっかりして立ち上がって振り向くと、すぐ後ろに姉が傘の下の柔らかい光の中に立っていた。
姉は
「ふふふ、おばかさんね」と笑った。
なぜ姉が笑ったのかわからなかった。
けれど、私はなんだか照れくさい気持ちになった。
それを隠すように、姉に抱きついて甘えた。
その後も、私はあまだれぼっちを探すのをやめることができなかった。
雨の降る日に雨落ちを見ると、その中を覗き込むのが癖になってしまった。
私の変な癖に気づいた何人かの同級生にからかわれた。
そんな時、私は雨落ちの講釈をしてごまかした。
雨落ちの中心には小指で突いたくらいの穴があって、それを小石が取り囲んでいるけれど、小石は中心から離れるに従って次第に粒の大きいものから小さいものになっていき、遂に普通の土になっているのだと教えてやった。
高校生になっても、まだ探すのをやめていなかった。
梅雨時のことだった。
学校帰りの途中で、古い家の瓦屋根の下にいくつか並んだ雨だれの落ちている雨落ちを見つけた。
並んで傘をさして歩いていたガールフレンドのことも忘れて、傘を放り出して走り寄りしゃがみ込んで、一つ一つ雨落ちを覗き込んだ。
けれども、どの雨落ちの中にもあまだれぼっちは無かった。
満たされない思いでぼんやり立ち上がって振り向くと、姉が私に優しく傘をさしかけて立っていた。
「ふふふ、おばかさんね」
姉の声が聞こえたような気がした。
いや、そんなはずはない。
姉はあれから2年後に母親と同じ病気で死んでしまったはずだ。
そう気づいた瞬間、たちまち姉の姿は消えて、傘の下には心配そうな顔のガールフレンドが立っていた。
彼女は
「どうしたの?」と、不安そうに尋ねた。
ガールフレンドは胸のふくらみが制服の上からでもわかる人だった。
まして、夏の服装はわかりやすい。
その時、私はたぶん気がついたのだと思う。
少しも自覚していなかったけれど、無意識のうちに、自分が探しているのはほんとうはあまだれぼっちではないことを悟ったのだと思う。
だからこそ、あの時から私はあまだれぼっちを探さなくなったのだ。
大切にしまい込んでおいたはずのあまだれぼっちはいつの間にかなくしてしまっていた。
けれども、あれはほんとうは何かのガラス瓶の蓋だったのに違いないと思う。
姉は、ガラス瓶の蓋とも知らないで、宝物のように思い込んでいる私をからかったのだと思う。
小学校にあがる前は、私は姉と一緒に風呂に入っていた。
私は姉に
「雨だれの落ちているところって、おねえちゃんのオッパイを反対にしたみたい」と言わなかったろうか。
姉はおこって私の頭を抑えて湯の中に沈めなかったろうか。
そして、あまだれぼっちは姉の乳首に似ていなかったろうか。
(おわり)
あまだれぼっち 千里温男 @itsme
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