七草粥にアロエ
夕辺歩
第1話
一月三日だ。年明け早々風邪をひいてしまった。
節々の痛み、高熱、咳にクシャミ。身体がだるくて仕方ない。
ネトゲに勤しむつもりで買い込んでおいた食料品たちはレトルトご飯一パックを残して昨日の晩までに食べ尽くした。専門学校の友達はみんな帰省している。看病してくれる彼女なんかいない。
『築四十年のボロアパートが俺の死に場所か』なんて大袈裟なことを考えながら煎餅布団で寝ていたら、心の免疫力まで落ちているのだろう、あの苦くてしょっぱい門出の日から今日までのことを夢に見た。
三代続く実家の弁当屋を一人息子の俺が継ぐ――。
そう信じて疑わない親父のことが疎ましくてならなかった二年数ヶ月前。馴染みの客への愛想笑いとご近所さんへのおべっかで毎日をかつかつ生きて行くなんてまっぴらだ、なんて当時の俺は本気で思っていた。
反省しているし、いきがるのはもう止めた。けれど反発心は今もある。不変のメニュー。創意のないレシピ。『昔ながらの味を守る』なんて言い訳も同然、時代に取り残されたような店の雰囲気や親父の硬直したスタンスにはまだ納得がいかない。
自分を調理師専門学校に通わせるための金が家のどこからどう出てくる予定か充分に知りながら、俺はそれでも『フレンチのシェフになる』という夢を正直に打ち明けた。気の短い親父は入学もまだだというのにこの恩知らずと俺を罵った。
始まったのは壮絶な親子喧嘩。意地の張り合いだ。親父のことが障害物にしか見えなくなった。俺は家からの援助を断った。目指す専門学校にアルバイト進学の制度があることは確認済みだった。三年制のカリキュラム。昼は実習に勤しみ、夜は提携先の飲食店で労働に汗を流す。おおいに望む所だった。
実家を離れる日の朝、それまで平気な顔をしていたお袋が急にボロボロと泣き出した。
つられて零れそうになる涙を、奥で仕込みをする親父に向かって『こんな店さっさと潰れちまえ』と怒鳴ることで、俺はどうにかやり過ごした。
それからはあっという間だ。無理解な親父への怒りもバネにして、俺は毎日を実習とバイトに明け暮れた。恋も遊びもそっちのけでひたすら腕を磨き、鍋を磨き、銀器を磨き――。
そして今年もこの通り、有明荘の二◯一号室で、日々の頑張りの反動めいた怠惰な正月を迎えている。一昨年も去年もそうだったように。実家には電話の一本も入れないままで。
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