3−5「あいつ、サボりか」
メイカは自分が死んだと思った瞬間に覚醒した。
またか、クソが。
寝起きだというのに、バカみたいに心臓が飛び跳ねている。シーツを鷲掴みにしてゆっくりとベッドから体を起こした。1日の始まりにして最悪の気分である。アザーで鋼鉄の棺に敗れてからというもの、こんな寝覚めの日々が続いていた。失敗を引きずっているわけではないが、あの一戦で募ったイライラは発散されておらず、まだメイカの中に眠っている。そろそろ憂さ晴らしが必要だ。
窓はなく、日光の入らない部屋は暗い。ベッドとクローゼット、椅子に机、その上に端末と何冊かの本が乱雑に置いてある。ここにあるのはそれだけだ。無駄に余った空間が部屋を広く感じさせる。
「あーぁ……」
落ち着いてくると欠伸が勝手に漏れた。体調は可もなく不可もなく、いつもどおりだ。時間を気にしない自由気ままな生活を送り始めて2年以上。以前と比べて一日が長くなったように感じる。生活リズムの整わない日常、毎回迫られる決断、まして戦場で過ぎる時間は2倍にも3倍にも思える。そして、今になって振り返るとあっという間だった。
無意識にこんなことを考えてしまったのは、まだ頭が目覚めていない証拠だ。ぼやけた視界でベッドの脇に置いてある時計を乱暴に取った。時刻は既に昼を回っている。
「メイカ様、
ノックに続いて秋山の声が部屋の中に届いた。
「ん。そのうち行く」
「もしかして寝起きですか?」
「そうだ」
「となると結構時間が掛かりますかねぇ」
メイカはそこでようやく立ち上がると、のそのそと着替え始めた。時間の約束はしていないのだから慌てる必要はない。相手が勝手に来ただけのことだ。
「どうせオラクスだろう? あいつなら大丈夫だ。熱い茶でも出して待たせておけ」
「これがですねぇ。今日は別の方がいらしてまして、少々アレな感じなんですよ」
「それで?」
「怒って帰ってしまうかもしれません。もしそうなったら、それはもう印象悪いですよ」
「何だと!? オラクスのクソが。あいつ、サボりか」
「いいですから。メイカ様、早くー、急いでー、——」
事情が変わったので、多少行動を速めた。ドアの向こうからは年甲斐もない間の抜けた催促が続く。
「ハリーハリーハリー」
「うるさい、ドンドンするな!」
メイカは最速で最低限の身支度をしてからドアを勢い良く蹴破った。ドアの正面から外れた位置に立っていた秋山に被害はない。
「はい、残念でした。おはようございます」
「チッ、行くぞ」
秋山に続いて幹部の個室が並ぶ廊下を歩きながら、メイカは勝負服である白衣を羽織った。これを身につけるといかなる状況であっても、目の前の事に集中することができる。メイカにとって、白衣はお守りのような物であった。長い廊下を抜けて常用口に繋がるロビーに出る。その一角、テーブルとソファが置かれているそばに、見知らぬ男が鞄片手に立っていた。
「どーもどーも初めまして。オラクスの代わりに参上いたしました、虎々の
男はメイカ達が向かっていく途中から勝手に喋り始めて、目の前に来たところでちょうど話に区切りをつけた。握手には秋山が笑顔で応じ、メイカは男の横を通り過ぎて奥のソファに沈んだ。
「名刺です」
「これはどうも、ありがとうございます。お座りください」
「では失礼して」
秋山に促され、男がメイカの対面に腰を下ろした。傷跡のような刈り込みの入った丸刈りと派手な縁の色眼鏡。ピアスに指輪、開襟された胸元には輝きを放つ金属類がのぞく。高そうなスーツこそ着ているが、ガラの悪さが前面に押し出されているせいで台無しだ。それに全く年齢が読めない。突っ込みどころ満載な見た目は一先ず置いといて、最初の疑問を口に出した。
「オラクスはどうした」
「死にました、はい」
「ん、そうか」
「それが珍しい話でもないですよ。どうやら、とある契約先でちょろまかしてた横領がバレたらしくて、そのまま帰ってきませんでしたね、はい。正確には行方不明なんですけど、普通に考えたら死んでるでしょう」
都は同僚の死など心底どうでもよさそうに言ってのけた。
「見かけによらず大胆なやつだ。ウチではおとなしかったぞ」
「相手はゴロツキの集まりみたいな傭兵団でしたし、隠し通せると思ったんですかね」
「それで、お前は?」
「はい、オラクスの契約がすっぽり空いてしまうと人手が足りないということで、事務から転属してきました」
「取り立て、の間違いでは?」
メイカも秋山と同じことを思った。この明らさまな風貌はどう見たって取り立て屋のそれである。
「うへぇ、嫌ですね。私のような人間が執拗な脅しや嫌がらせなんて、とてもできませんよ」
対して都は心外だと訴えるように戯けてみせた。わざとらしい仕草にメイカは少しだけ苛立ちを募らせる。
「お前その格好……」
「ああ! はいはいはい、これ! 忘れてました。オラクスのデスクをさばくっていたら、仕事の愚痴を書いた日記が見つかりまして。ゼンツクに来るといつも小一時間は待たされるとあったので、私なりに思い切って気合入れてみました」
「なんと! そのためにわざわざ!?」
「そうなんですよ。でも成功でしたね」
唖然とする二人を差し置いて都が満足げに笑った。内面を知られてしまった次の機会では全く意味をなさないということはさて置き、それよりも一つだけ明確に感じることがある。
とびきり面倒な奴が来た。
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