2−2「ノリで縛ったの忘れてました」

 クロの両親は揃って軍の跳甲機に関わる大企業に勤めていた。クロが軍に配属されて1年が経とうとしていたある日、両親の乗っていた公共の大型車両が事故に遭ったという報告を受けたのだった。


「——単独事故で車両は大破炎上、乗客は全員死亡しました。運転手の居眠り運転が原因とされ、最終的には誰も得しない、不幸な事故として片付けられました」


 クロがそこで言葉を切ると、場が静まり返った。相槌も横槍も一切ない。いつの間か伏せてしまっていた顔を上げる。メイカは変わらぬ姿勢でクロをじっと見つめていた。


「突然、本当にあまりにも突然だったんです。今度は僕一人だけが残されてしまったと感じ、事故について詳しく調べようとしました。でも、早々に処理されてしまって、結局大したことはわかりませんでした。それでふと、最初から事故だと決まっていたようだ、と思ってしまったのが始まりなんです。そこから帝国に対して良い印象を持てなくなりました」


 メイカは一瞬だけ目を見張ったような顔を見せたが、すぐに元の様子に戻った。 


「それは完全にお前の考えすぎだろう。せっかくの出世コースをそんな事で棒に振るとはバカな奴だ」


 そんな事、なのか。


 たいして珍しい話でもない。メイカの言う事はもっともである。今思えば、あの時は未練やストレスで精神的に参ってしまい、おかしな思考が働いていたのも事実だ。だからといって、必死に悩み苦しんだ出来事を“そんな事”で一蹴されてしまうと、何とも言えない空しさが残る。果たして求めていたのは慈悲の言葉だったのか。


「だが、一抹の疑心を抱いてしまったがために、もうそこでは戦いたくないという決断を私は評価する。考え方によっては国ではなく、そこに生きる市民を守るため、とでも誤魔化しておけばやっていけたはずだ。それをお前はしなかった、できなかった。大義なんぞクソくらえ、お前自身は気持ち良く戦えればそれでいいと思っている。やはりお前は傭兵向きだ」


 当時の記憶がいくつも思い出され、そちらに意識を割かれていたクロは、メイカの力強い声で現実に引き戻された。


「余計なことに気を割いている暇はない。迷った奴から死んでいく。それが戦いの常だ」


 メイカの力強い言葉は続く。立ち上がり、持っていたモニターを手首のスナップで後ろへ放り投げた。


「戦場は力と力のぶつかり合いだ。相手を殺した方が勝ちで、死ななかったら負けではない。駆人はそれさえ理解していればいい。ここで必要なものはただひとつ。懸命に! 純粋に! ひたすらに! ありったけの殺意を相手に込める事だ!」


 メイカは語り掛けながら、足音を響かせてクロの目の前までやって来た。


「それをやれる者が――」


 頭を引き寄せられて額同士がぶつかる。


「最後に勝つ」


 まるで吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えるメイカの瞳。クロは視線を逸らすことができない。そこにある深淵を食い入るように何秒も見つめた。


 この目は一体これまでに何を見てきたんだろう。奥のあれは。


 軍人になってから跳甲機に乗り、人を殺した経験もある。軍人を続けていようが傭兵なろうが、いずれはメイカと同じように、この得体の知れない何かを抱えて生きていく事になるのだろうか。そんなとりとめもない疑問がクロの頭の中を過ぎった。


 殺意を、込める。


 静かになった室内でメイカの言葉が何度も頭に響いた。とんでもない精神論で、軍人からすれば頭の湧いた妄言にも等しい。しかしクロの中では何故か一蹴できないほど重みのある言葉になっている。


「ひとつだけ聞いてもいいですか?」

「なんだ」


 クロはメイカとゼロ距離でぶつけ合っている視線を一度も逸らすことなく尋ねた。口調も思想もあらゆる部分で異なるはずのメイカに、どういうわけかクロの尊敬する人物の影を見た。故にこれだけは聞かなければならない気がした。


「あなたはここで何を成しますか?」

「私は、欲望、名声、殺意、あらゆる望みを叶えられるだけの力を手に入れる」


 力強く、迷いのない即答はあまりにも抽象的で、その真意は定かでない。しかし、メイカの口元から溢れる禍々しい笑みに、野望を現実のものとする決意を感じる。


 この人にならば。


 その表情を目の当たりにしてクロはようやく入団の意思を固めることができた。


「これで面接終了だ。後半の反応は悪くない、なかなか楽しめたぞ」


 メイカの顔が離れ、これまでとは違った無邪気な笑顔と共に、張り詰めていた空気が一気に霧散した。コロコロとよく表情の変わる人たちである。それでいて、やはり何を考えているのかさっぱりわからない。


「何を難しい顔をしているのか知らんが、クロ・リース、お前を駆人としてゼンツクへの入団を認めよう」

「おめでとうございます、クロさん!」

「……ホントにこれだけでいいんですか?」

「本当も何も、初めから入れてやると言っているだろう」


 まだゼンツクの人間とは2人しか顔を合わせていないが、傭兵団の勢いやクロの情報を掴む早さからしてなかなかの規模の組織を予想している。傭兵界隈は実力が全てだ。そんな傭兵団が組織の要ともいえる駆人を、本当に入団テストもなしに入れるとは思わなかった。経歴様様である。


「操縦テストが無くて不満だったか」

「いや、そんな事は無いですけど」

「ウチの駆人連中を倒して高待遇を得る予定だったのかもしれんが、残念ながらウチは年功序列だ。おまけにお前は一番年下」

「え? メイカさんは年上なんですか」

「お前に“さん”付けで呼ばれるとしっくりこんな」

「そこじゃなくて!」

「クロさん、メイカ様は仮にも女性なので歳を気にするのはダメですよ」

「仮じゃない、正真正銘だクソボケジジイ。あ、お前この前も……チッ、まぁいい。そんな事よりも今はクロが私の事を何と呼ぶべきかだ」

「そうでした。これは難しい問題ですねぇ」


 二人はいかにも今考えていますというポーズで唸り出した。ふざけているようにしか見えないが、顔だけはどちらもいたって真剣である。


「こいつから呼ばれるとしたら……ん、ボス!」

「おお、なかなかしっくり来ますね!」

「決定だ。お前はこれから私のことをボスと呼べ」

「……はい?」


 クロを置き去りにして、一仕事終えた後のようなすっきりした表情の二人。思い返せば、秋山はともかくとしてメイカはクロをビビらせるために、わざと重苦しい感じを演出していたのかもしれない。一瞬だけ底知れぬ何かを垣間見た気がしたのも演技だったのだろうか。それならば良い意味での裏切りだ。


 軍では、傭兵とは金のためなら何でもする悪逆非道を絵に描いた存在だと教えられていた。しかし、蓋を空けてみたらこんな感じである。それに手段を選ばないといえば、軍でも同じような部分はあるし、取り合えずは大丈夫そうだ。満足できるかは分からないが、そこそこ楽しくやっていけそうな気がしている。


「ボス! 今日からお世話になります!」

「ん? ああ」

「クロさん、私は私は?」

「あ、秋山さんもよろしくお願いします」

「秋山さんですかぁ、いいですねぇ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 初めは不気味な印象を受けた秋山の微笑みも、今では安心感さえ覚える。そしてふと目線を下げると、縛られた手首が目に入った。


「ところであの、そろそろ手足を自由にしてもらえませんか?」

「ああ申し訳ありません。ノリで縛ったの忘れてました」

「は? ノリ?」


 秋山が前に来てナイフで拘束を解く。ナイフの出処は全く見えなかった。元軍人のクロを一撃で落としたことといい、この秋山という男は一体何者なのか。そもそもここはどこなのか。クロの疑問は尽きない。


「それからこんなに濡らしてしまって。寒かったでしょうに」

「ならついでに駆人服に着替えろ。早速だがお前に仕事がある」


 そう言ってメイカは邪な笑みを浮かべてみせる。傭兵団の駆人として再就職早々、クロはとても嫌な予感を覚えた。


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