異世界召喚 ―姫のセカイ、僕のセカイ―
あきくさ
第1話 プロローグ
「姫? これはどういうことか、納得のいく説明は出来るか?」
白を基調とした壁紙に、天井からは白熱灯が光を放つ。鼻をつく臭いにはかび臭さや埃っぽさは含まれておらず、漂うのはアロマや甘い香り。清潔感に満ちているそのフローリングには塵一つ見当たらない。
居心地は悪い部類ではない。一国の中心的立場の人間として、それなりに裕福な暮らしを与えられてきた姫にとっても、殊更逃げ出したくなるような空間ではなかった。
「まさか逃げようなんて、考えているんじゃないだろうね」
「っ!? い、いやあ、そのなんていうか、えーっと」
ただし、それはその部屋での居住を考えればの話であって、姫自身はこの状況から一刻も早く逃げ出したかった。
突き刺さる視線は四つある。そのどれもが怒りと、それから哀れみに彩られている。
「私が聞きたいのは一つだけだよ。この部屋に積まれている品々。これはどうしたのかと聞いているんだ」
ウリアが苛立たしげに指し示すそれ。
あまり新鮮ではないように見えるリンゴの山。くすみ、傷が目立つ懐中時計。綿も布もクタクタになっている布団。何に使うのかすら予想もできない、縦長で場所を取る機械。
どれもこれもが無駄なものだ。一目見ただけで、それらに価値がないことぐらいの看破はできる。
問題なのは、そんなものが一つの部屋に山積みで置かれていることだ。
「で、私達を納得させるほどの回答を、もちろん聞かせてくれるんだろうね」
ウリアの笑顔が最早形だけになってしまっている。基本尋問しているのはウリアだが、黙ったまま静観を貫いている他三人の視線も痛い。
胃から何か酸っぱいものが込み上がってくるのを感じながら、姫は渋々口を開く。
「だ、だって。普段は中々手に入らない品物だって。それにこの懐中時計なんて半分の値段でいいって。ぷれみあ? とかいうのが付いているって。全部三千円もしないように値引きしてくれたし……。だから、良い買い物だ、なって……」
言葉がすぼみ、掠れてしまう。発言さえ許されない重圧が、土石流のように襲い掛かる。姫を囲む四人の視線が突き刺さった。
分かる。分かってしまう。この場を支配しているのは、純粋な呆れ。
「はあ……」
誰のものか分からない溜め息がこぼれた。それはウリアのものだったのかもしれないし、全員のものかもしれない。
時はどれほど止まっていただろうか。空間はどれほど凍り付いていただろうか。
こんな状態で生きた心地など持てるはずもない。
「馬鹿じゃねえのか」
「馬鹿だな」
「馬鹿デスね」
「大馬鹿ものだ」
「っ!! 馬鹿馬鹿言わないでっ。馬鹿っていう方が馬鹿なんだから!!」
いくら顔を赤面させて怒っても、もっともらしい反論を述べても、今の姫には決定権も基本的人権も無い。あったはずの信頼は一瞬でゼロに振り切れた。
「姫。姫は知る由もないと思うけれどね。あなたに物を売りつけた輩は俗に詐欺師と呼ばれている人間だ。彼らはあなたのような人間を食い物に生きている」
「さ、さすがにちょっとおかしいかなって思ったけど……。でも、騙したやつらも悪いでしょ!? そ、そりゃあ騙された私にだって責任があるって、言えなくもないけど」
「いや、普通の認識ならばそれでいいんだけれどね。しかしそうは言ったところで状況は好転しない。姫がここの家主のお金を使いこんでしまったという事実はね」
「ぐっ……」
「後で謝ろう、姫。なに、上終少年なら許してくれるさ」
ウリアのそんな言葉から、改めて間近に置かれたそれらへと視線を移す。目の前に広がる使えない代物の数々。その全てが無駄遣いだと知り、あまつさえ自分自身に全責任があると言われ、愕然とうな垂れる。というかそれしか出来ない。
初めて触れる世界にしては、少々刺激が強すぎる。
世間知らずの姫が、どうして詐欺られ、そのことを責められているのか。
その原因を知るためには、少し過去を遡る必要がある。
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