第9話 退院へ

この度は申し訳ございませんでした。


待合室の床におじいさんの頭と手のひらが着いた。


突然の光景に咄嗟に前のめりになり、車椅子から落ちそうになった。


ちょっと、頭を上げてください。座ってお話ししましょう。


保険屋の青年にアイコンタクトして、テーブル席に促す。


事故当日のこと、老夫婦二人で細々と年金暮らしをしていること、遠方の孫に会えることが楽しみなこと‥。


おじいさんは小さな声で語る。


これがこの保険屋の作戦だとしたら、彼は相当優秀な人財だろう。


この状況でこの高齢者から慰謝料を取ろうとすることができる人間はいるのだろうか。


事故当日から退院日までの入院費と退院後の通院費だけでいいことを伝えた。


手土産を受け取り、退室する。


病室で自分の運の悪さに笑いが込み上げてくる。


手土産のプリンだけがそれを見ていた。

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