おまかせ握り、シャリ抜きで

デバスズメ

おまかせ握り、シャリ抜きで

 俺は寿司が好きだ。あの日も俺は寂れた寿司屋で寿司を食っていた。悪くない店だった。ひとしきり寿司を楽しみ、最後に何か締めを頼もうかと考えていたときだった。

「おまかせ握り、シャリ抜きで。あと、熱燗ね」

 カウンターの隣に座った男が言った。

 どういうことだ?刺し身の盛り合わせで一杯やろうってことか。……だが、しばらくして俺は自分の過ちに気がついた。寿司職人が寿司下駄の上に出したのは、

「はい、まずはイワシね」

シャリ1つ分浮いたイワシが2カン。バカな!どういうことだ!俺は焦った。確かにそれは浮いている。シャリがあるべき場所には何もない、無のシャリ空間だけだ。

 男はそれを箸で掴み……なんだと?箸で掴み?そうだ、男はその空間を、シャリ抜きの寿司を、見事に箸で掴んだ。そして醤油をつけて食べた。確かにその男は、箸で無のシャリを掴み、醤油をつけて食べたのだ。

 俺は呆然とした。あの寿司はなんだ?俺はあの寿司を知らない。シャリ抜き?どういうことだ?

 次のイカも、その次のマグロも、さらにその次のホタテも、全てシャリ抜きで握られていた。そして男は全て器用に箸で食うのだ。俺はガリを食い茶を飲みながらずっと見ていた。見間違いじゃない。どういうことだ?いや、もしかしたら光の錯覚かなんかでそう見えているだけかもしれない。そうだ、そうに違いない。

「ほい、鉄火巻」

ウソだろう!?俺は思わずそう叫びたくなったがなんとか堪えた。細長く切られたマグロと海苔の間にあるべきシャリは無く、男が鉄火巻を箸で掴むと、マグロは海苔の筒の中に、確かに浮いていた。

 俺は覚悟を決めた。

「オヤジ、俺にもその、鉄火巻を……シャリ抜きで頼む」



 ……俺は今日も寿司屋でシャリ抜き寿司を食っている。ここも悪くない店だ。ひとしきり寿司を楽しみ、最後に何か締めを頼もうかと考えていたときだった。

「おまかせ握り、ネタ抜きで」

 カウンターの隣に座った男が言った。

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おまかせ握り、シャリ抜きで デバスズメ @debasuzume

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