夢寄生《ゆめやどり》ミサキサマ

夏月 蓮

第1話 夢!

 ねえねえ、知ってる?

亡くなった鑓水先生のこと。

なんでも事件の前から襲われる夢を見てたんだって…


あれは確か中学二年のときだった。

暴漢に胸を刺されて鑓水紀郎先生が亡くなった。担任を受け持っていたのは三年生で、英語の授業とテニス部の顧問をしていた。そのテニス部の友人が語りだしたのだ。葬儀後三日は過ぎていただろうか?

そのあたりの時間の感覚は確かではない。

八月の終わりのこと、テニスの練習後暑さついでの怖い話として鑓水先生が面白そうに語りだしたということである。その場には友人だけでなくテニス部の数人がいたらしい。

私が友人に聞いたときは私の他に二人いて、一人は小学校から一緒の幼馴染み、美帆がいた。美帆は根っからの怖がりにも関わらずこういう話に耳栓ができない方なのだ。

もう一人は嶋倉仁美だった。

残暑厳しい昼の日差しがふっと翳る夕刻、校庭がオレンジ色に染まりかけた頃、火照って金魚のように見える友人が辺りをはばかるようにして語りだした。


自分の最後を夢で見ることなんてあると思う?

鑓水先生、毎晩同じ夢、同じ夢と言っても続きもののドラマのような夢を見てたんだって。

最初の夢はね。

学校の宿直の夢だったらしいよ…


熟睡しているつもりだったが、きっと眠りが浅かったのだろう。音が聴こえてくるんだよね。こう、なんというか廊下を歩いているような微かな音なんだ。それも靴音じゃあない。床に張り付くような裸足の足音で、ひたっひたっ、と何かを確かめるように歩く音がどこからともなく聴こえる。

最初は夢だろうと思ってた。これ自体が夢なのに、夢だろうと思うなんて変な話に聞こえるかもしれないが、意識はちゃんと考えていたことになる。ベッドに横になりながら耳を澄ました。どこから聞こえてくるのだろうと思ってね、呼吸も止まるほど細くゆっくりと息をして耳をそばだてた。

知っての通り宿直室は一階の職員室から続きの一室にある。校舎の中程にあたるせいもあって、廊下のいたる方向から足音は聞こえてくる。集中しようと半身起き上がって耳をすまそうとすると足音がひたっと止まった。起き上がった動作が相手に知れたかと思ってどきっとしたよ。ただ止まったおかげで二階だとわかった。不思議なのは二階の足音などは聞こえるはずもないのに、鉄筋コンクリートの校舎が木造にでもなったかのようで、床も壁も音を反響させているのだとわかった。

しかし…

また足音が動き出した時、足音はひとつだけではなかった。数人の足音が二階を歩いていた。そして時々止まるのは教室の中を確かめているからだと思った。足音は二手に分かれて校舎の両端へと動いていた。

その時には夢であることをすっかり忘れて気が気じゃなかった。外へ出ようと考えてベッドから降りると真上でも音がした。一瞬空耳かと思ったが身体は凍りついた。耳には相変わらず両端へと向かう足音が聞こえている。

逃げなくては、と思ったことは確かだ。出口へ向かって駆け出すと真上の足音も動き出したんだ。それだけじゃあない。二階の廊下を両端へと動いていた足音が走り出した。本当に走り出したんだ。端の階段へと向かう者に、引き返す者ももいる。なぜって…わかるだろう?職員室の脇にも出口がある。それに階段もある。こうなれば音が響いても関係ない。私は出口を目指して駆け出した。後ろから階段を降りる足音が聞こえた。正面の廊下の奥の闇からも聞こえる。問題すぐ近くの階段だ。異様に明るい月明かりが自分の影を廊下に降ろしているのが目に止まった。何が見えたと思う?驚いたことに木の床なんだ。壁一面も古びている。走るたびに床が悲鳴を上げ自分の居場所を知らせる。職員室の脇の階段の中二階にも明かりが差していて影が見えた。真上にいた奴はすぐそこまで来ていた。私は靴も履かず扉へ向かって飛び出した。開けようとすると鍵が掛かっている。開錠しても開かない。すると真後ろにこう…


「きゃっ!」と声が上がって、先生は驚かすような手つきで話を煙に巻いたんだけど、話はそこで終わりじゃなかった。

事あるごとにその続きを語るようになった。なんでも夢の続きを見るんだって。帰宅する道の上で追われたことや、その時は巻いたけど、でもアパートの場所を知られて、辺りをうろつかれて、もう完全な金縛り状態だったと言ってた。お前たちのストレスだよ。とか笑っていたけど、さすがにしょっちゅう続いて心配だったんだろうね。心療内科を受診したと思う。そんなこと言ってたから。

で、今回の事件。凶器も犯人も見つかっていないし…


「まさか夢に襲われたって言うんじゃないでしょうね?」

仁美の明らかに馬鹿にしたような口調に、早稀は口を尖らせて言った。

「だってあり得るでしょ。まだ事件のこと何もわかってないのよ。それに、ほら、神事があったでしょ。」

「もうとっくに過ぎてるよ。」と嶋倉仁美は答えた。


私が今になってありありとその時のことを思い出すのは、このところ奇妙な夢に悩まされているからである。

事件はいまだ解決されることもなく当時から迷宮入りの様相を見せていた。話には続きがある。

ひと月もしないうちに嶋倉仁美からメールが入った。

夢を見るのだという。

学校で本人に確かめようとする前に、仁美は授業を欠席するとメールにも電話にも出なくなった。不思議に思って美帆と二人で仁美の家に行こうとしていた矢先、仁美が歩道橋のちょうど中央から飛び出して亡くなった。歩道橋から落ちるだけならまだしも運悪く轢死したのである。

それから六年。

何事もなく私は大学生になった。

しかし、この頃夢を見る。

悪夢と言われるものだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る