きみはヒーロー

ふわり

第1話

「ありがとう、こんな私のこと好きになってくれて。すっごく嬉しい」


 意識的に声のトーンをやさしくして、もう何十回も口にしたことがあるセリフを口にする。上目遣いで彼の顔を見上げると、名前も良く覚えていない少年の頬は桜色に染まった。


「でもごめんね。私、今は誰とも付き合うつもりないんだ」


 今度は申し訳なさそうな表情をつくって、俯いてみせる。「でも、本当にありがとう」と最後に告げると、背が高くてひょろひょろしていてもやしみたいな少年は目の淵に涙を浮かべながら去っていった。悲しそうに丸まる猫みたいな背中に手を振りながら、私はももの待つ下駄箱に向かった。


 体がふわりと軽い。スキップしたくなる。

 早く会いたかった。忠犬のようにひたすら私を待っていてくれる、大好きな女の子に。



 自慢じゃないけど、私は男の子にめちゃくちゃモテる。顔がかわいくて、身長が小さくて、髪の毛がふわふわだから。その反面、女の子に死ぬほど嫌われる。女の子は、自分より優れている生き物を貶さずには生きていけないのかもしれない。

 だから、私は「ぶりっ子」「ビッチ」「性格ブス」なんて言葉で侮辱された回数は数え切れない。まあ、「性格ブス」という形容詞だけは、真理だけど。


 そんな私の、たった一人の同性の友達。それがももである。

 ももと私の関係は屋上からはじまった。

 それ以降ずっと、私たちは一緒にいる。


「よ。今日は早かったじゃん」

「そう。すんなり帰ってくれたから、まだ良かった」

「お前、誰かと付き合ったりしねーのか?選り取りみどりだろ」

「じゃがいもにしか見えない連中と付き合ったりできない」

「ひっでー。相変わらずだな、あんずは」


 ももは笑いながら、私のカバンを取り上げて持ってくれた。

 教室で一番背の高いももと話すときはいつもこんな風に、私が見上げる形になる。銀色の学校指定の自転車を取り出したももは、サドルの後ろを指差して一言、「乗れよ」とぶっきらぼうに言った。

 ももは優しい。少女漫画に出てくるヒーローみたいに、いつも私を甘やかしてくれる。


 柔らかい茶色の猫っ毛が夏の風に吹かれる。ふわふわと揺れる髪の毛はタンポポの綿毛みたいで、その中に顔をうずめるとラックスのシャンプーの変わらない香りがする。私は見た目よりもずっと華奢な女の子の身体をぎゅっと強く抱きしめて目をつぶった。


 ももに初めての彼氏ができて、もう一週間が経つ。

 みどりくんという名前の長身の彼との出会いは、柔道部の大会だった。16年間もの間、恋愛というものにご縁も興味もなかったももは、熱烈なアプローチをしてきた初めての男の子であるみどりくんにすぐに夢中になった。直接聞いたわけじゃないけど、分析くせのある私はそう勘ぐっている。


 「なんだよ、お前が甘えてくるなんて珍しいな」と嬉しそうに笑うもものしゃがれたハスキーボイスはいつもと変わらない響きがして、私は無性にせつなくなった。

 春の終わりを感じさせる新緑の匂いの風が、私たちふたりを包み込む。


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