#平成最後の夏だから俺はお前に告白する

 二〇一八年をもって、平成の三十年間は終わりを迎えるらしい。

 だから、平成最後に高校生活最後を迎える俺たちは、なんだか特別な気分で舞い上がっていて――なわけがなく。

 受験生だからそうも言ってられない。そして前の年と何も変わらない、平成最後の五月が終わって、夏が顔を出す。これもまた平成最後の夏だと言うけれど、それがどうした。

「まぁ、浮かれはしないよねぇ……」

 橋下で涼もうと、ガリガリ君を食べながら俺と宗一そういちは眩しい青空を眺める。

 放課後にこうして二人並んでぼーっとするのも今年で最後。あと何回あるのか……

「暑さのせいでなんもしたくねぇよな。だりぃ」

「結局だりぃよな……分かる。でも、ほら」

 宗一はスマホの画面を俺に見せてきた。

「ツイッターじゃ『平成最後の夏キターーー!!』ってみんな叫んでるよ」

「それ、お前のフォロワーだけだろ」

「いやいや、結構叫んでるよ。でも、みんな昭和生まれ」

「平成生まれもいるはずだろ……」

 こいつのフォロワーの人種が謎だ。同級生だけじゃないコミュニティを持っているっぽい。教えてくれないから知らないけど。

 宗一は「まぁ、いるだろうけどさ」と、鼻で笑った。

「なんか、高校最後の夏が平成最後の夏って貴重らしいよ」

「まぁ……うーん……でもさ、言っても俺ら、受験じゃん」

 そう。憂鬱なことこの上ない。どうせなら平成最後の夏が十七歳の方が良くない? なんにも考えずに遊んでられる。

 宗一は「だねぇ」と寂しげに言いながらスマホをポケットに押し込む。そして、溶けそうなガリガリ君を口に放り込んだ。冷たさに目をつぶる。それを横目に俺はしみじみ呟いた。

「まぁ、平成最後もいろんなことがありましたね……」

「まだ終わってないけどな」

「しかし、いろいろあったよ。ワールドカップは盛り上がった」

 あの熱気はさすがの俺も興奮した。明日学校だろうがそんなのカンケーねぇと、母ちゃんとケンカしながらも最後は家族全員で手に汗握りながら試合観戦していた。

 ナイスファイト、日本代表。感動をありがとう、西野監督。

 余韻を思い出していると、宗一も何か思い出したらしく「あぁ」と口を開いた。

「安室奈美恵がもうすぐ引退するしね……まさに平成が終わるって感じ」

「安室奈美恵か……あんまりわかんねーけど、姉ちゃんが泣いてたな」

貴斗たかとの姉ちゃん、いくつだっけ」

「九十五年生まれの今年二十三歳」

「そっかぁ……でも、世代ドンピシャじゃなくない?」

「母ちゃんの影響が強い」

 宗一は「あーね」と軽い相槌を打った。

「まぁ、なんかの節目って感じ? 終わるって分かってるとあらかじめ決めやすいんだよ」

 確かに、節目って感じはある。西暦は二〇一八で中途半端だけど、平成三十年はなんかキリがいいし。昭和みたいに新しい年が始まってすぐに終わる感じじゃなくて、緩やかな猶予がある。

 なるほど、平成最後ってのはやっぱり特別感があるんだな。

「天気も平成最後だからって気合入ってるよ」

 宗一は皮肉たっぷりに空を見上げた。眩しすぎる太陽は直視できない。暑い。七月に入ったばかりでこの南国加減。意味分からん。殺す気満々じゃねーか。

「沖縄よりも暑いって馬鹿すぎるだろ」

 俺が悪態をつくと宗一は「それな」と笑った。

「でも、あの入道雲は素晴らしい白さだねぇ。インスタ映えするよ、絶対」

「俺はインスタやってないからなぁ」

「俺もやってないけどね」

 宗一はあっけらかんと涼しげに笑った。

 こいつはなんでか涼しげだが、俺は暑い。

 ソーダ味のガリガリ君はもう残ってない。全部食べても、物足りなさがある。

 二つ目を買ってこようかなぁと考えていたら、おもむろに宗一が立ち上がった。

「貴斗」

「何?」

「夏ってさ、暑いから浮かれやすいんだって」

 やにわにどうした。

「なんか、ほら、いろいろとどうでもよくなるじゃん、暑いから」

「あー……だりぃことには変わりないな」

 こうも暑いと頭がぼーっとする。確かに、これは浮かれている時と同じかもしれない。

 日陰にいるといっても、気温は……えーっと、何度だ? 三十八度か……馬鹿だろ、太陽。マジで日本列島を殺す気だ。東京オリンピックが始まる前に日本死ぬってなったらシャレにならんだろう……開催も怪しそうだな、こりゃ。

 そんなことを考えながら、俺はごろんと芝生に寝そべった。気温のせいで地面は冷たくないけど日向よりも断然いいはず。

 宗一はこの日陰から青空を眺めていた。でも、突然にくるりとこちらを振り返ってくる。

「平成最後の夏……だから、俺はお前に一つ、重大な告白をしようと思う」

「ほぉ……って、え、何を?」

 告白? 告白って言ったな。本当になんなんだ、急に。こいつも浮かれてるのか。いくら平成最後の夏だからって、大胆にも程があるぞ。

 宗一は少し、恥ずかしそうに顔をうつむけた。

 嫌だなぁ、なんだよ。なんか変な感じになるからやめろよ。しらけるだろ。

「実はさぁ、俺、他の人に今まで黙ってたことがあるんだよ」

 他の人――つまり、俺だけじゃなく誰にもってことか。

 重大な告白。

 俺は喉をごくりと鳴らして、甘い唾を飲み込んだ。

「でも、あんまり騒がないでほしいんだ」

「いいから早く言えよ。なんだよ、黙ってたことって」

 やけに溜めるから焦れったくなる。

 すると、宗一は「分かった」と覚悟を決めたらしく、息を大きく吸い込んで言った。

「俺、実は――なんだ」

 ――え?

「俺、実は水星人なんだ」

 二回言った!

「貴斗、聞いてる?」

「聞いた。聞いてた……え、水星人? は、待って、未来人とかじゃなくて?」

「未来人か……こないだの金ローで観たなぁ……」

 のんきなことを言うけれど、俺のこの驚きを無視しないで欲しい。

 てか、告白ってそれぇ?

「何か期待してた?」

 宗一はニヤリと笑いながら言う。俺は全力で首を横に振る。

 いやいやいや、ほら、告白って言うからさ、なんか、なんて言うんだ。「好きだ」みたいな告白だと想像してた。そんな、思ってたのと違って拍子抜けだし、て言うか「水星人」て!

「あー、でも、火星人って言ったほうが空気読めてたよね……今月の三十一日に火星大接近だし。でも、ごめん。俺、水星人だから」

「いや、待った! そんなことどうでもいいんですけど!」

 火星大接近の年だから、俺は火星人ですって告白されるのも納得できないからな。

 なんか、どっかで見たぞ、何星人だって言い張る電波さんを……あれは河川敷に住む金髪美少女だったな。

 かたや、こちらは貧相で小柄でおかっぱ眼鏡の高三男子。ダメだ……キャラ立ちが弱い。シチュエーションが河川敷しか合ってない。いや、合わせなくていいけどさ。

「平成最後の夏だからね……ちょっと浮かれて告白しちゃいました」

「しちゃいました、じゃねーよ。なんだよそのキャラ。今更そんなキャラ作ってどうすんだよ。平成も高校も最後だぞ、分かってんのか」

 せめて未来人にしとけ。いや、どっちにしてもダメだ。どこの二次元に行ってもこいつはモブだ。

「ん? あれ? もしかして、貴斗、信じてない?」

「いやぁ……信じてやってもいいけどさ、そういうのは高一の時点でやっとけよ。ハルヒだって入学早々に宣言してただろ」

「ハルヒは宇宙人とかそういうのを集めたかっただけだろ、確か」

 うーん……まぁ、そうだったような。姉ちゃんがハマってたから知ってるだけだし……

 いや、そんな話はどうでもいい。

「俺が言いたいのは、そういうキャラ設定は先にやれって言ってんの」

 投げやりに言うと、宗一は「あー……」と残念そうにうなだれた。

「いやぁ、でも火星人にしろ金星人にしろ、やっぱ地球外の生物なわけだからさ、地球人にバレたら大変じゃん……なんで自分からひけらかさなきゃいけないんだよ。こんな重大な秘密を」

「さっき、俺にその重大な秘密をひけらかしたよな、お前」

「貴斗だからいいかなぁって」

 宗一は「えへへ」と照れくさそうに笑った。

「それに、なんかさっきツイッター開いたらこんなハッシュタグ見つけて。『#平成最後の夏だから俺はお前に告白する』って」

 宗一はスマホの画面を見せてきた。

 確かに、そんなタグがついた告白大会がタイムライン上に流れている。

 まぁ、SNSやってなかったら分からないネタだなぁ……俺がツイッターやっててよかったな、宗一。

「これさ……好きな子に告るってタグじゃねーの?」

 宗一のスマホをスクロールしてみるに、告白内容は本気でガチめなもので、その全部がパリピ系の人たち――いや、同級生のもある。おお、すげぇ。こいつらの告白、全部世界中に配信されてる……うわぁ……チョー悲惨。夏って怖いなぁ……

「でもさ、告白ってそういうのだけじゃないじゃん。重大な秘密を打ち明けるのも告白だし」

 真面目な答えが返ってきた。

 こいつ、ふざけてんのか本気なのかイマイチ分からねぇ……

 そんな疑心が見えたんだろう。宗一は口を曲げると、何かひらめいたらしく手を打った。

「よし、分かったよ。俺が水星人だって証明してやるから、ちょっとここで待ってて」

 そう言うと、自称水星人は河川敷に置いたシルバーのママチャリにまたがって、どこかへ消えた。

 一体、どう証明するのやら。

 て言うか、いくら夏だからって浮かれすぎだろう。暑さで頭やられたのかな……だったら、早く帰って休んで欲しいところ。

 高校最後、平成も最後の夏なんだから、バテて学校休まれたら嫌だし。俺の話し相手がいなくなるし。

 あーあ。平成最後の夏だから、告白って。

 別に、世界の最後ってわけじゃないのに。何を急いでるんだか。年号が変わるだけじゃん。だから、俺は絶対に告白は――

「あ、貴斗ー!」

 堤防の向こうからママチャリに乗った自称水星人が手を振ってくる。荷台に何かくくりつけて引きずってくる。段々と見えてきたのは、ボコボコと不格好な岩だった。

「おまたせ!」

 宗一はチャリから降りて、得意げに岩を抱えた。俺の目の前に置く。

 こいつ、自転車を全力でこいだくせにまったく汗をかいてない。そう言えば、宗一はどれだけ激しい運動をしても汗をかかない。新陳代謝が悪いんだと思ってたけど、もしかして本当に水星人だからか。

「これで俺が水星人だって証明できる」

 目の前に置いた粗い岩を撫でる宗一。俺はしげしげとそれを眺めた。

「それ、何?」

 どっから持ってきたんだろう。

「これは、水星の地殻だよ」

 ……つっこむのはもはや野暮ってもんだろうな。

「地球で言うパスポートみたいなもんだよ」

「パスポートにしちゃごついし、持ち運び不便そうだな……」

「そうなんだよ。水星ってさ、文明があまり発達してなくて。地球の文明をコピーしたいらしいよ、政府が言うには」

「へぇ……」

「でも、地球のは使い物にならないと思うんだ。だって、星の性質が違うし、三十八度ごときで暑い暑いって言ってるくらい、そもそもの造りが違う。水星なんて平均一七八.八五度だからな、度で言えば」

 まぁ、太陽に一番近い星だしな。熱いんだろうなぁってくらいなら俺も知ってる。

「でもさ、地球人の器用さは確かに水星に必要だと思うよ。だって、パスポートに地殻の欠片を寄越すような星だからね。ノートみたいなああいうポケットサイズのものがいい。あれ見て感動したもんね、俺。なんなら、スマホで一気に全部できちゃえばいい」

 それは……そうだろうな。

 自称水星人の宗一は、地殻を自転車にくくりつけて、河川敷に置き去りにした。そして、俺のいる日陰に入ってくる。

「これで証明できたかな?」

「いや、できるわけねぇだろ、馬鹿か」

 かろうじて水星トークはそれっぽくても、他が雑すぎて信用できるわけがない。

 俺の言葉に宗一は目をぱちくり開かせた。いや、なんでびっくりしてんだよ、お前。

「えぇー……これで証明できなかったら、俺、告白し損じゃん」

 まだそのキャラ続けんのかよ。

「もういいって。分かったよ。お前が水星大好きなのは分かったから。とりあえず俺だけにしとけよ、その秘密を言うのは」

 高校最後で平成最後の夏に、友人が電波認定されるのはなんだか恥ずかしい。つるんでる俺まで変人電波扱いされそう。

 そんな恐れを露知らず、宗一は悔しそうに歯噛みしていた。

「こうなったら最終手段しかない」

「いや、もういいってば」

「良くない。貴斗にだけは信じてもらいたいから」

 意外と強情だな、こいつ。

 もう呆れるしかなく、俺は宗一をじっとりと見やった。こいつはこいつで、何やら水星の地殻の穴ぼこを触っている。

「なぁ、宗一」

 俺はふと、思いついたことを口にしてみた。

「あのさ、お前が水星人なら水星にいる水星人となんか、念とかで交信? できねーの」

 割と真剣に訊いている。それなのに、宗一は鼻で笑った。

「じゃあさ、地球人の貴斗は宇宙空間にいる宇宙飛行士に念で交信できるの?」

「いや……できません」

「それと同じだよ」

 なるほど。設定はしっかりしてるみたいだ。

「よし、設定完了」

 満足げに言う宗一。

 ん? 設定完了……?

「今から、水星に帰るね」

「はぁ……えっ?」

 宗一の発言に流されかけたけど、ちょっと待て。水星に帰るって言ったな、こいつ。

 訝っていると、水星の地殻が突然に霧を噴き出した。いや、蒸気だ。穴という穴から蒸気を噴き出す。

 それは段々と熱を持っていくようで、周囲の草が溶け始めた。俺は慌てて仰け反って日陰に避難する。宗一は涼し気な顔で俺を見ていた。

「明日、帰るよ」

「はぁ? ちょっと待て! 宗一!」

 宗一は地殻に座ると、蒸気に包まれていった。熱の向こう側で手を振っているのが見える。

 次の瞬間、宗一は跡形もなく姿を消した。


 ***


 宗一が帰ってきたのは、確かに翌日だった。何事もなかったかのように涼しい顔をして、地殻を小脇に抱えて俺の家の玄関で笑っていた。

「ただいま!」

「お、おかえり……」

 寝起きで目を瞬かせながら、俺は宗一を調べるように眺めた。

「いやぁ、ちょっとした里帰りだったよね。お土産持ってこようかと思ったんだけど、地球に比べたらいいものがなくて」

「あー……そう、なんだ……」

 いや、土産なんかどうでもいい。

 本当に本物の宗一なのに、素直に喜べないのはやっぱりこいつが「水星人」だからか。

 この信じがたい事実と、消えた宗一が心配で、あれから俺は悩んで悩んで夜もぐっすり眠れなかった。

「これで信じてくれただろ」

 本人はドヤ顔を向けてくるけども。

「うーん……まぁ、そうだな。信じるよ。もう信じてやるから」

 完敗だ。いや、そもそも競ってないし。

 大体、なんでこんなことになったんだっけ。あぁ、平成最後の夏だからか。まだ夏は終わらないし、始まったばかりだし、こんな夏休みのスタートでいいのかどうなのか。

「そもそも、なんで平成最後の夏だから告白しようと思ったんだよ」

 ツイッターのタグだけが原因じゃないはず。

 俺の言葉に宗一は少し唸った。困ったように。それから、ちらっと上目遣いに俺を見やった。

「なんて言うか……俺、平成の最初に地球に来たんだよ。だからかな、平成が終わる前に言っときたくて。それに貴斗のことは好きだし、好きな人なら秘密を暴露してもいいって、タグの作成者が言ってたから……あれ?」

 宗一が首を傾げる。俺は頭を抱える。

「たたみかけるなよ……お前は……」

 告白のオンパレードすぎてついてけない。宗一は俺の顔を覗き込んだ。

「貴斗も俺のこと好きでしょ? じゃあ、別に問題ないよね」

「問題って……いや、問題だらけだろ……つか、好きってどういう意味の……」

「全部の意味の」

 あっさりと言い切ってしまうから、俺はもう観念した。完敗だ。競ってないけど、俺が告白しようとしてたことまであっさりとかっさらうとは。

 平成最後の夏は最悪な幕開けだったと、多分、次の年やその次の年も思い出しては頭を抱えるんだろう。

 そんな俺の心情を汲み取ることなく、目の前の水星人、宗一はにっこりと笑った。


 @@@


 ちなみに後日、恐る恐る訊いてみた。

「水星人って、性別ってあるの?」

 宗一こいつの受け入れ姿勢があっさりしすぎて、こっちが反応に困っている。

 大体、こいつの告白がとんでもなさすぎるから、俺の告白が霞んでいる。いや、きちんとはしてないけど、どうにも納得がいかない。

 そんな不満も一緒にぶつけると、宗一は「秘密」と、いたずらに笑った。

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