猪神祭

 友人のAは、O県の山奥にある村出身だという。地方から東京の大学に来る者はそう珍しいことではないが、地域の風習やしきたりなんかは様々で、Aの村に伝わる風習も「まぁそうだろうな」くらいにしか思っていなかった。


「年始に村総出で祭りをやるんだよ。シシジンサイっての。猪に神、祭りで猪神祭ね」


 年末、実家へ帰省する前にそんな話をしていた。


「村から出た人もみんな帰って、盛大に正月を祝うんだよな。毎年同じだから飽き飽きしてるけど。でも、今年は絶対帰ってこいって言われてて」


 しかし、彼は今学期は進級が危ぶまれていた。それに、アルバイトもしているため、かきいれ時に穴をあけたくないという。


「その祭り、名前のとおり猪を祀るんだけど。あ、おまえ、猪肉って食ったことある? こっち出てきて猪肉って全然見ないからびっくりしたよ」

「じゃあ、そっちは猪肉を食べるんだ」

「あぁ。それで年始めに猪を慰めるために祀るんだと。祭壇にでっかい猪の頭を置いて、みんなで輪になって踊るんだ。それを朝から晩までひたすら三日間」


 これもまた奇妙な風習というか、時代遅れというか。今でもこんなことをしているところがあるなんて驚きだった。


「でも、今度は帰らないんだ?」

「まぁね。忙しいし。なんか、祭りに参加しないと猪さまが大切なものを奪いにくるって、親はしつこく言ってるけどね。今度は特に亥年だからって張り切ってるし。でも、そんなの迷信だろ。祭りに参加させたいだけなんだよ」


 Aは笑いながら、私を含む帰省する友人たちを見送っていた。



***



 私が家へ戻ったのは、三が日が明けて四日の午後。

 結局、Aは帰省しなかったようで、部屋の電気が点いていた。薄っすらと影が見え、その姿が窺える。

 新年のあいさつに部屋の戸を叩いた。

 しかし、反応がない。おかしい。さっきまで部屋にいたはずだ。

 もう一度、部屋の戸を叩き「おーい」と声をかけてみるけど返事はない。

 私はドアノブを回してみた。開かない。

 戸に耳を近づけたり、郵便受けを覗いて声をかけても、返事は一向に返ってこなかった。

 それもそのはず。

 Aはその日、部屋で死んでいたのだ。

 遺体は損傷が激しく、頭部と心臓がない。

 警察曰く、これはおよそ人の手によって行われた犯行ではないとのこと。獣が食いあさったような痕跡だったらしい。

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