ロボっとうさん

 おばあちゃんが倒れてしまった。

 一軒家にはおばあちゃんが一人きりで住んでいる。でも、もう高齢だから足腰も弱くなってしまい、部屋のほとんどは使っていないらしい。それに、しばらくの入院が必要だって聞いた。


「あのお家、もう売りに出したら?」


 お見舞いのあと、家でお母さんが言った。


「お義母さんももう退院してすぐに施設に預けちゃいましょうよ」


「でもなぁ……」


 お母さんの言葉にお父さんは渋る。

 お父さんのお母さんがおばあちゃんなわけで、おばあちゃんが住むお家はお父さんの実家に当たる。だから、お母さんの提案にあまり乗れないみたいだ。


「お義母さん一人にしておくのだって危ないでしょ。いつまた倒れちゃうかわかんないんだし」


「うーん……」


 お父さんはそれでも渋っている。


「煮え切らないわね。いいじゃない、あなただって面倒見ないくせに」


 イライラし始めるお母さん。言い方が刺々しくて、そのトゲに当たったみたいにお父さんが顔をしかめる。


「俺は仕事で忙しいんだ。君が見てくれたら安心なのに」


「そうやって全部あたしに押し付けるのね。だから同居も嫌だって言ったのよ。なんでそれが分からないの。何度も言ってるじゃない」


「………」


 お父さんは反論しかけてやめた。黙ったまま。それがさらにお母さんのイライラポイントに達する。


「なんなのよ。あなたが面倒を見てくれるならいいのよ、別に。あたしが何もしなくていいならね。家もそのままにしてたっていいんだから」


 お母さんの言葉には優しさなんてものは一個もない。お父さんの目がどんどん暗くなっていくのに気づけない。お母さんはやめない。


「施設に預けてしまえば、あとはもう施設の人に任せられるでしょ。そっちのほうがいいはずよ。お義母さんにとっても。なのに、何が不満なの? どうせ、もう長くないんだからいいじゃない」


「……俺の母親なんだよ、それでも」


「だから何よ。親孝行らしいこと今まで一度もしてこなかったくせに、お義母さんが倒れたってだけで良い息子ヅラしないでくれる? あたしがあのお義母さんにどれだけ散々振り回されたか、あなた知ってるでしょう? 片付けても片付けても家は散らかすし、その度に呼ばれて片付けて。薬だってきちんと飲みやしない。わがままばっかり。お義母さんのお世話をするのがどれだけ大変か分からないでしょ」


「それでも俺の母親なんだから、そんな言い方……」


「偉そうに言わないで!」


 テーブルを思い切り叩いて、お母さんはもう何も聞き入れなかった。

 それでも尚、お父さんは譲らなかった。



***



 それなのに。


「おばあちゃんは施設に預けるよ。家も売ろう」


 一週間後、お父さんは穏やかな笑顔で言った。お母さんは「ほらね、そっちがいいでしょ」とそっけなかったけれど、どこか嬉しそうだった。


「あぁ、やっぱり君の言う通りだったよ」


「そうでしょう? じゃあ、決まりね」


「うん」


 お父さんは満足そうに頷いて、「行ってきます」と仕事にでかけた。

 くるりと背を向ける。そのうなじに、何かがくっついていた。


「お父さん、なんか後ろにゴミついてるよ」


 言いかけると、お母さんがさっとお父さんの元へ駆ける。そして、「あら、ほんとね」とあっけらかんに言い、ゴミを取り除いた。


「行ってらっしゃい」


 お母さんも機嫌よくお父さんを送り出した。


 お父さんの背中はいつもと変わりない。でも、どこか違和感。なんだろう。変な感じ。

 それは多分、出かけの前に言っていたことだろう。あれだけ嫌がっていたのに、お母さんの言葉に従うかのような結論を出してしまった。それも、あっさりと。


 お母さんは手に持っていたゴミを台所にあるゴミ箱へ捨てた。なんだか気になってしまう。お母さんが台所から離れた隙きに、ちらっと覗いた。


「えっ……」


 ゴミの一番上にあったそれは「ON」と書いてある。何かのスイッチみたい。丸いボタン――


 そう言えば。


 お母さんと揉めた時のお父さんは、翌日や数日後にはお母さんの言うとおりの行動をする。なんでもかんでもお母さんの言うとおりに。

 でも、今回ばかりはお母さんの言い分は通っても難しいと思っていた。それなのに、あっさりと自分の母親よりも優先してしまった。もしかするとこのボタンが原因……


「祥ちゃん? 何してんの」


 背後からお母さんの声がする。

 振り向きざま、うなじに何かがくっつけられたような気がした。

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