Blessing

 俯瞰ふかんで世界を見てみよう。


 すると、どうだ。

 僕は確かに存在しているはずなのに、どこにいるのか分からない。そこにいて蠢く人々も、一体誰なのか分かっちゃいない。


 交差点の中心に立ってみよう。


 行き交う人を一人一人見ても、その人が歩んできた道なんて想像できるわけがなく。

 いい人に見えても、実は悪い人だったり。悪いように見えても、実は善人だったり。男なのか、女なのか。子供なのか、大人なのか。


 ほら、見ているだけじゃあ分からない。知ろうとしないから。


 ただ、それらは全て知らなくていいことで、気づかないうちに僕らはその術を習得しているんだ。

 関係がない、と割り切ってしまえば、感じることもないから、僕らの視点は俯瞰が丁度いい。そのまま不干渉でいて、不感症でいればいい。


 それが、自分を救う手段で、実はとっくに知っていることなんだよ。




 そう言って、私を助けなかった男がいた。身を引き裂かれているというのに、彼は私を見殺しにした。


 死、というのは人生に於ける終止符だ。

 今、まさに私の命は終止符を打とうとしている。だが、これは望んで進んで焦がれた死なんかではなく、ただただ強引に理不尽に一方的に迎えた死であり、血や臓器、裂かれた四肢、その他諸々が無様に転がっている。


 事故、ではない。殺人、ではない。自殺、ではない。


 さて――これでは、知らないうちに勝手に死んでしまったというのが正しいか。


 兎に角、私は

 勝手に死んでおいて、助けられようと人任せにするのも確かに図々しいだろうが……死にたくはないのだから、そう願ってもいいはずだ。


「では、君が失くしてしまった『恵み』を全て取り戻すことが出来たら、助けてあげよう」


 道に転がったが、声の主を捉える。

 無数の私――というのはつまり、簡単に言えば真っ二つなのだが、その他諸々が散らばっているので、こう呼ぶ他ない。


 男は、私の身体を一つ一つ丁寧に寄せ集めた。



……そして、暗闇が一瞬にして光へと変わった時、は別々のものとして再生した。


「ようこそ、新しい世界へ。君たちは今日から一生懸命に決して楽ではない、寧ろ苦である生活を始めなくてはならない」


 実に晴れ晴れとした声に、思わず顔をしかめておく。


 起き上がれば、は同じ顔で、向かい合ってこちらを見つめていた。私が動けば私も同じ動きをする。

 それもそのはずで、首から下は同じ身体なのだ。まだまだ不安定で、上手く動かせない。身体は酷く疲れている。


 水、水が欲しい。喉が渇いて渇いて仕方がない。

 使えない筋肉を奮い立たせ、舞い戻った痛みに震えるその身体に鞭打って手を伸ばした。


 すると、頭上から笑い声が響いてきた。嘲るような、そんな笑い。


「君は今、水を欲している。そうだね? それが『恵み』というやつだ。渇きを潤すには、誰かの『恵み』を奪うしかない」


 彼は両手を広げてそう高らかに言った。

 一方で、は地べたを這いずり回っているしかなく、脳内で反響する男の言葉を反芻した。


 は誰かの『恵み』を奪わないといけない。

 全てを取り戻さなければ救われない。

 そんな最悪な条件下で生きていかないといけない。


「おやおや? 君たちはまだ自分が生きているだなんて、本気でそう思っているのかい? まったく、実におめでたい!」


 思考を読む男。一体、それはどういう意味だ。

 ゆっくりと四つの目玉を転がすと、男の下卑た笑みが見え、不愉快が全身に回った。


「いやいやいやいや、君らはまるで解っていないんだね。いや、判っていない。どうして、生きるなんて高尚な代物が、君らに与えられるとでも思ったんだろう。面白いなぁ」


 くつくつと、けたけたと。まったくどこから湧いて出てくるのやら。彼の笑いは実に不快だ。


「実は君らはね、生も死もない存在となったんだ。本来ならば『恵み』だって一欠片も必要ないんだ。解るかい?」


 は何も答えられなかった。

 脳の処理が追いつかない。突然、目まぐるしく説明を投げられても解るはずがない。いや、判るはずもない。


「いやしかし、情けというものは物語を始めるに必要不可欠でね。仕方がないから、君たちにも素敵な贈り物を与えなくてはならない」


 男の声は次第に甲高くなっていった。その陽気さが気持ち悪い。

 彼は両の人差し指を同時にへ突きつけた。


「リズとリザ。それが君たちに与えられたプレゼントだ」



***



 リズリザが、とある可哀想な男の子と女の子の『恵み』を奪うのは、この後、✕✕年は先の話となる。

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