38 永遠の友情

「10対55? マジで? 春よりも大差を付けられたんか?」

 太多は受話器に声をぶつける。

「途中からディフェンスが破綻してしまった」

「10点はどうやって取ったの?」

「トコが2つトライを決めたよ。相手を吹っ飛ばした」

「つまりパーソナルの力か。バナナラグビーは機能しなかったということだな。それにしても、いったい何が起こったんだ?」

「帰りの車の中で選手たちが話していたことを集約すると、大学が送ってきたデータにはミスした時の対処法がなかった」

 三谷の心はざっくりと裂けている。夏休み明けの取組がはたして正しかったのか自問自答している。

「なるほど。それは気づかなかったな……」

「完全に俺のミスリードだったよ」

 三谷は冷蔵庫から取り出した缶ビールを空けることもせずにただ呆然としている。

「いやいや、パイオニア精神だよ。これまで誰もやらなかったことにチャレンジすることに大きな意義があるんだって。人工知能を使った取組はトップリーグでもやりたくてもできないことなんだ。それをいち早く採り入れようとするだけで、偉大だよ。チャレンジには必ず壁が立ちはだかるものなんだ」

 三谷の心には、切り傷に消毒液を塗ったみたいに、太多の言葉がしみる。

「選手たちに伝達しておいてほしいことが2つある。頼んでもいいかい?」

「もちろんだ。あの子たちは今、お前の言葉を待っている」

「まず1つめだ。今回の敗戦は十分に想定内だ。データの活用はあくまでチャレンジであり、『シンキングラグビー』を実現するためのツールにすぎないということだ。それと2つめだ。もう1度計画に戻ってほしい。あと約2ヶ月で、周防高校に勝って花園に行くんだ。そこまでのロードマップを三谷先生中心に、改めてみんなで作り込んでほしい」

 わかったよ、ありがとう、と三谷は言う。

「全然大丈夫だ。三谷、俺はね、根性主義はあまり好きじゃないけど、ラグビーの勝敗を決めるのは、最後は気持ちだと信じてるんだ。でも、それを選手に要求しちゃいけない。ほら、いつかお前も言ってたじゃないか。『やってみたい』というモチベーションと『自分たちにもできるかもしれない』というモチベーションが大切なんだって。だから、この2ヶ月のロードマップを楽しみながら作り込もうじゃないか。もちろん、俺たちがバックアップするよ。高校時代の友情は永遠だからね」

 三谷の心は徐々にぬくもりを取り戻す。

「それと、来週、俺がそっちに行って、チームディフェンスのチェックをするから時間を作ってくれ。それから、花園予選までに練習試合も入れてほしいんだ。できれば周防高校と同じようなスタイルの相手がいいね。ミスの処理を含めた基本を確認しながら、仕上げをしていこう。俺たちにはバナナラグビーがあり、シンキングラグビーがあり、なによりチームワークがあるんだ」


 ほとんど無意識のうちに奈緒美に電話をする。彼女の声が聞きたくてたまらない。

 だが、いくら着信を鳴らしても、無反応だ。留守番電話にもならない。

 胸が雑巾のようにきつくしぼられて、息が苦しくなって、禁断症状みたいになってきて、何度もかけ直すが、答えは同じだ。

 せめて心を落ち着けようと、ぬるくなった缶ビールを空け、膝を立てたまま喉に流し込む。

 ジャージには、まだ汗と土の匂いが残っている。

 窓の外では夕陽が空を染め始めている。ここに移り住んでから何度も見上げた空だ。

 もう、奈緒美のことは忘れなければならないのかな、と思う。

 太多は「友情は永遠だ」と言ってくれた。

 選手たちは自分を信じてついてきてくれている。

 電源の入っていないテレビの画面を見ながら、これからは、ラグビーだけに命を捧げながら生きていくのだろうかという想いが頭をもたげる。

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