第83話 再会

視界を覆い尽くすのは褐色の乱流。

アンモニアを多く含む大気は、恐ろしく冷たい雨を降らせる。光を通さぬそれは、泣き女バンシィにとって闇に包まれた先行きそのものだ。

雷鳴が響き渡った。多数の特異点砲の炸裂に揉まれたことで生じた暴風は、もはや万物を消し飛ばす勢い。転換装甲で身を鎧っていなければ、彼女もそうなっていただろう。

恐ろしい。

自らが死ぬ可能性よりも、それによって敵を取り逃がす危険の方が恐ろしかった。奴を取り逃がせば、きっと取り返しのつかない事態となる。そんな漠然とした不安があった。人間であればそれは予感と言い換えてもよかったであろうが、機械の正確さを持つ金属生命にとってはそれは何とも居心地の悪い感覚である。

部下たちは正確にこちらへと追随していた。各々を頂点とする三角形の編隊で降下しているのだ。これならば誰か一体がやられたとしても、残った者が敵の位置を把握して攻撃を仕掛けることができる。

三つ目の火線が上がった。

それは、編隊の中を突き抜けた直後。金属生命体たちの背後で炸裂した。まき散らされる巨大なエネルギー。

強烈な光は、3体の突撃型指揮個体。その影をくっきりと作り出すだけに終わる。

―――見えた!

発射点を認めた泣き女バンシィは、しかし身を捻った。今の攻撃が、文字通りのだったから。

残り3門よりの攻撃は、ほんの少しだけ遅れてやってきた。先の攻撃で浮かび上がった影めがけ、正確に。

回避し損ねた突撃型の1体が内側より吹き飛ばされ、そして残った者も間近な爆発で重傷を負う。

銀の泣き女バンシィよりほんの少し先行した突撃型が、敵へと肉薄した。


  ◇


突撃型指揮個体は、勝利を確信した。敵の主砲は再装填まで間がある。観測帆を展開した体では動き回れぬ。そして頭部副砲の出力では突撃型を仕留めることはできなかった。だから、詰み。

巨大な白い観測帆の中央に座する敵は、頭部副砲塔のカバーを展開。内側の砲身を露わとする。

防御磁場を集中。イオン膜の鏡レーザー・ディフレクターを出力最大。最悪でもコアさえ守れればいい。

敵手が発砲した。強烈な荷電粒子ビームが、防御磁場に捻じ曲げられる。

遅れて、レーザー光が届いた。

それは、突撃型指揮個体の躯体に直撃する。そう。先のビームでイオン膜の鏡レーザー・ディフレクターを吹き散らされ、無防備となった彼女の腰部に。

コアを破壊された彼女は勢いのままに敵の観測帆を突き抜け、落下していった。


  ◇


―――初の損害か。

敵の亡骸が突き破っていった観測帆に苦笑しながら、遥は上空を見上げた。

迫ってくるのは刃の四肢を持ち、折りたたまれてスカート状の構造を成した副腕サブアームを備え、バイザーと髪状の放熱板を生やした小ぶりな頭部の、銀色の少女。

泣き女バンシィだった。

取り巻きは潰した。これで心置きなく、彼女と1対1だ。もちろん格闘戦でこちらが勝てる道理はない。勝負は一撃で決まるだろう。

まぁ問題はない。しばらくの間動きを止め、そして鶫の記憶を流し込んでやるだけだ。

観測帆を自切パージ。続いて両足と、左手の特異点砲も。もはや邪魔でしかない。

残った右手の特異点砲を槍のように構え、遥は踏み込んだ。

敵手が副腕サブアームを展開。突き出した特異点砲を掴まれた瞬間、遥は砲へ自爆命令を出した。

トンネル効果が制御され、砲身のごく一部が。マイクロブラックホールと化して爆発する。

吹き飛ぶ敵手の副腕。崩れるバランス。一瞬の隙を突いて間合いを詰めた遥の胸板が、刃の右腕で貫かれた。

被害を構わず前進。互いの体を密着させる。抱きしめる。距離。

バイザーを展開し、両の目で相手を

膨大な情報の奔流が、銀の泣き女バンシィへと流れ込んだ。


  ◇


―――私の名前は、つぐみ。あなたのお名前は?

―――は、はるか……

なんだ。これはなんだ!?

流れ込んで来る莫大な量の記憶に、銀の泣き女バンシィは混乱していた。

訳が分からない。覚えのない記憶。知らない世界。会ったこともない生物。どこだ。この世界はどこなのだ。私に笑顔を向けてくる、このいきものは一体何なのだ!?

―――ああ。ここに決めましたから。一年A組、鴇崎鶫。入部を希望します。

―――そうか!私は、部長の角田遥。よろしく頼む。

時間が流れていく。様々な経験。喜びがあった。小さな悲しみがあった。楽しみがあった。

金属生命体の知らない、穏やかな世界がそこにはあった。

と。

暗転。

―――せんぱい……私ね。化け物だったんです。

―――……鶫……

破壊され尽くした世界。同胞たちの亡骸が転がる中、己は立ち尽くしている。

直後に降って来たマイクロブラックホールの破壊力が、全てをかき消していく。

―――文明の火は、星々の煌めきよりもなお儚い。それを絶やす者を私は許さない。絶対にだ。───鶫。私は、金属生命体群を滅ぼそうと思う。

───はい。

次々と突き付けられる現実。過酷な世界。そうだ。こんな世界は間違っている。は、そう思ったんだ。

―――時間遡行攻撃をやるんだってな?あの女がそれを言い出した時、何で止めなかった?お前が断ればそれで終わってたはずだぞ。何で説得しなかった!!

―――私は……私は、ただ……遥が、絶望するのを、見たくなかった……だからこれは、私の我儘です……

―――そうか……そうかよ。それで銀河を滅ぼすのかよ!!この怪物め!!

怪物と呼ばれて。それも当然だ。私たちは、ばけもの。

―――貴女ならきっと大丈夫。その強運と、そして何よりも強い心があれば、私なしでもやっていけます。さようなら、先輩。大好きでした。

―――鶫?つぐ―――

そして。私を攻め立てる、たくさんの。体が破壊されていく。背後から衝撃。振り返る。

ああ。

そこにいたのは、

反撃のレーザーと見せかけた通信を発したところで、追憶は途切れた。だが、この後何が起きたのかを私は知っている。

そう。殺したのだ。私は、このかけがえのない、もう一人の私を殺した、のだ……

ああ。ああ!!

自刎じふんして果ててしまいたい。そうだ。そうしよう。それしか償う方法はない。

そこで。

そっと、抱きしめられた。

『……せん、ぱい……?』

そうだ。私をこんな風に抱きしめてくれるひとは、一人しかいない。

眼前の仮装戦艦。私の右腕に胸を貫かれながらも、鋼の体を持つ彼女は、優しく私の頬を撫でてくれた。

慌てて、刃を引き抜く。なんと酷いことをしてしまったのか。仮装戦艦は痛みを感じぬとはいえ。

『鶫、なんだな?』

鶫。

私は、そう呼ばれる資格があるのだろうか。分からない。分からなかった。

『この体になって良かったと思える事のひとつは、君をこうして抱き締められる、という点だな』

分からなかったが、決心はついた。この人には、鶫が必要だ。ならば、私は鶫でいよう。

『先輩……』

『2000年ぶりだ。お帰り。鶫』

『……ただいま。遥』

わたしたちは、互いを抱き締めた。

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