第62話 褥にて。

ものごとには順序があり、原因があって結果が後から来る。これを因果律という。世界を数式で表すのが物理学であり、因果律が反映されている。だが、もし過去に戻ることができれば因果律は破れてしまう。例えば自分自身が生まれる以前に父親を殺せば、自分は生まれなかったことになり、論理的帰結として父親を殺しに過去へと旅立つという事実そのものが消えてしまうだろう。これを「親殺しのパラドックス」という。あるいは、展開に困った作家が未来へ行き、まだ書かれていない自分の原稿を入手して元の時代に戻ってくればどうだろう?その作品を書いたのは誰なのか。「作者不明のパラドックス」である。


「……」


これは矛盾だ。道理が通らないしなにより美しくない。ならば過去に戻ることは不可能なのか?

そんなことはなかった。科学者たちは想像力を働かせ、知恵を振り絞って過去を改変できる可能性を探った。その結果幾つもの過去改変を許す解が出現している。

その一つが、自己無矛盾な解だ。

親殺しのパラドックス。これを極限まで簡略化してみよう。過去へと繋がるワームホールを想定する。ここへ飛び込んだボールが過去の出口より飛び出し、自分自身にぶつかると、過去のボールの動きが変わる。ワームホールに入らなくなってしまうんだ。

だが、いくつかの解ではそうならない。軌道を変更されることで初めてボールはワームホールに飛び込む。そういう場合、矛盾は起こらないことがわかった。すなわち過去へと戻ることすらも時空は織り込み済みなんだ、というね。

君が未来を予知した能力も、本質的には複数の解を選択するもののはずだ。違うかね?


「それは重要な軍事機密に属する。ノーコメントだ」


そうか。やはりそうかね。

さて。なら、それをさらに複雑にしてみよう。超巨大ブラックホールに入り込み、過去へ移動して金属生命体群を滅ぼしたとする。それをやったのが金属生命体ならばまさしく親殺しのパラドックスだ。

だが。

遠い未来、すなわち改変された現代では、またタイムトラベルが敢行されるだろう。実行者は私ではないだろうし、もちろん鶫でもない。代わりの誰かは何らかの理由で過去へと戻り、そして金属生命体群を滅ぼすはずだ。

次も。そのまた次も。このループは未来永劫続いていく。毎回その主人公は異なるだろう。それこそ複雑系カオスの波に飲み込まれ、毎回まったく似ても似つかぬ世界が姿を現すはずだ。このループがいつか収束してひとつの安定系になるのか、あるいは永遠に毎回異なる過程を経るのか。それは分からない。

いや。ひょっとすれば、私たちの旅自体が既に過去に行われた歴史改変の結果という事すら考えられる。


「……この世界自体が改変の結果だとでもいうのか」


その可能性はある、という話だよ。

どちらにせよ、その場合時間遡行攻撃は必ず成功するはずだ。そうでなければ失敗に終わるだろう。どういう形をとるにせよ。それはごく自然な形で収束するだろうがね。

そういう意味では、運命というものはある。


「……そんな話をわたしに聞かせて、どうするつもりだ。遥」


何。ただの寝物語だよ。

―――済まないな、不知火。君たちを苦しめたかったわけじゃない。


「知っている。謝るな。

―――勘違いして欲しくはないが、別に私はお前が嫌いなわけじゃあ、ない」


―――ありがとう。


「―――どういたしまして」

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