第47話 遺跡船
「―――ふう。こいつは凄いな」
足元に広がる鏡面のごとき機械構造体に対して、遥は感嘆の吐息を漏らした。映し出されているのは自分自身の姿。ジーンズ地のホットパンツにサンダル、シャツという、宇宙活動にはいささか不似合いな格好である。髪の毛はアップにまとめていた。
よっこいしょ、と生身の自分そっくりに作られたサイバネティクス連結体を立ち上がらせ、周囲を見回す。
驚くほどに広大な地形。上方に見えるのは、緩やかな曲線を描く金属製の巨大なフレーム。その外側に広がるのは、無数の星光が四方八方より迫る天球である。惑星上から見るそれとは違い、揺らぎのないそれらは信じがたい光のシャワーを浴びせかけてくる。
ここは宇宙船だった。
とてつもなく巨大な構造物は廃墟のようでもある。いや、実際にそうなのだ。古戦場に放棄された重金属の塊は、星々の光をまるで湖水のように反射し、幻想的なまでに美しい。
竜骨に相当する長大なメインフレーム。先頭にある船橋兼センサー部の上には小型の砲が搭載されている。後方には機関部。そして螺旋を思わせる、何本もの湾曲した肋骨。
それは、1キロメートルもの巨体を備えた旧式の貨物船だった。
古いと言っても馬鹿にしたものではない。観測帆の展開能力を備え、慣性系同調航法を行えるのだから。
今。この巨体は、何百年ぶりの来訪者を迎えていた。
◇
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
部屋に入って来た遥を、碧の少女が出迎えた。
鶫の格好はいつもの狩衣ではない。動きやすそうなズボンとワイシャツ姿である。髪の毛は遥とお揃いのアップ。物理的実体を備えた、こちらもサイバネティクス連結体である。
一見してそこは休憩スペースだった。
テーブルが据え付けられ、椅子が存在し、傍らには自販機かコーヒーメーカーを思わせる機械が設置されている。
撃沈され、見捨てられた難破船の一室に、彼女らはいるのだった。
「いやはや、驚いた。こんなものがどーん、と打ち捨てられているとは」
椅子に腰かける遥。低重力で体が浮かび上がらぬよう、足をフットレストに引っ掛ける。
その対面に鶫も座ると、虚空よりコーヒーを取り出して先輩の前へと置いた。物理的実体ではない。
「誰にも顧みられない古戦場というのは結構たくさんありますから。私たちも、全てを監視しているわけじゃないですし」
鶫の発言に遥は頷くと、非実在コーヒーを口にした。苦みで頭がすっきりする。今の自分は生身の体ではないが、驚くべき臨場感だった。
「それで、この船は使い物になりそうかい?」
「修理できれば、なんとか」
彼女らがこんな遺物に乗り込んでいるのは、交通手段を確保するためだった。鶫は超光速航行能力を備えるが、それはあまり高くない。船があれば旅の苦労は大幅に軽減される。
故に、ふたりは鶫の持つ、金属生命体の共有記憶を頼りにここまで来た。遠い昔、恒星間種族と金属生命体群が争い、そして忘れ去られた星系へと。
この戦争の始まりは、銀河中心にまでさかのぼる。
天の川銀河は、まるで目玉焼きのような構造をしている。その黄身にあたる部分、すなわち中心にある球の構造はバルジと呼ばれていた。年老いた黄色い星が多数存在し、両端からは巨大な腕がふたつ。『ペルセウス腕』、『たて-ケンタウルス腕』と呼ばれるそれらより細い『いて腕』の、更に支流に『オリオン腕』があり、その片田舎こそが地球だった。
金属生命体群の銀河を征服するという事業が始まったのはおおよそ1万2千年前。鶫が建造される500年ほど前から本格化したらしい。銀河中心にほど近い都会で生まれた金属生命体群は、長い歳月をかけてバルジの外周を4分の1周するほどの勢力圏を築き上げた。やがてそれはバルジの外側へも及び始める。星のまばらな領域に脱出を図る恒星間種族を追いかけての事だった。その勢力圏の最果てとなったのが、地球。
人類は、田舎に生まれたからこそ銀河系の覇権争いに今まで加わらずにすんでいたのである。後ほんの数百年、進歩するだけの時間があれば、滅亡せずにすんだやもしれぬが。
「逃げた種族……もふもふ族のようなか」
遥は、先日別れたばかりの毛玉たちを思い出した。ちなみに『もふもふ族』というのは直訳で、意訳すると『強壮にして偉大なる我が種族』くらいの意味になるらしいが。彼らはあらゆる分野で優れたものに「もふもふ」という形容を用いる。地位が
「ええ。彼らのように隠れ潜んでいる種族もまだまだたくさんいるのかもしれません」
「旧日本軍の兵士みたいだな」
何十年も密林の奥に隠れ潜んでいたという話を口にする遥。ひょっとすれば、居住に適さない場所。金属生命体群が探しに来ないような場所でひっそりと息をひそめている者たちが生き残っている可能性はある。
彼女らが進もうとしている道も、そのような人目に付かぬ航路だった。
「そのような人たちと出くわさないことを祈ろう。余計なトラブルは避けたい」
「はい」
どう言い繕っても、鶫は金属生命体である。他者から見れば凶悪極まりない怪物に過ぎない。たとえ、その心が人間の少女のものであったとしても。
それに、遥たちの目的を知れば、彼らは全力で阻止しようとするだろう。
過去に遡り、金属生命体群の母星を破壊し尽くす、という計画など。
ふたりは、現代に与える影響を最小限に抑えるべく検討を重ねた。結果、鶫単体の能力でも殲滅できるであろうギリギリである1万2千年あまり前。金属生命体群がまだ、今ほど強力ではなかった時代、ひとつの惑星に居住していたころへと戻り、破壊し尽くす。
だが、それは破滅的な行為だった。1万2千年の歴史、1万光年の版図を持つ巨大帝国をなかったことにしようというのだ。影響を受けぬ種族など存在しない。現代に生きるすべての個人は誕生する事すらできなくなるだろう。光速の壁に守られ、ほんの10年前まで異星人と接触したことのなかった人類のような種族を除けば。
実の所それこそが、誰も原理的には可能なはずの時間遡行攻撃を行おうとしない根本的な理由なのだ、と鶫は語った。影響が巨大すぎるのだ。
自分は、金属生命体群以上の怪物なのかもしれない。
遥はそんなことを思う。
だが、他にどうすればいいのだろう?手元にある戦力は、たった一人の金属生命体のみ。手段を選ぶことなどできない。そして、その友達すらも己は犠牲にしようとしている。
歴史を変えれば、鶫は消えてしまうだろう。彼女も金属生命なのだから。一方で、遥は存在し続けることができる。自分は17歳。歴史改変の影響は、鶫が地球を訪れた10年前までしか受けないはずである。
―――私は、最低の女だ。
ふたりの作業によって船が復旧したのは、それから8カ月あまり後のことだった。
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