第20話 羊飼いたち

入り組んだ、迷路のような街路を駆け抜けていくの男の姿があった。早い。まん丸な胴体に手足が伸びた体でゴロゴロと無重力の中を転がっていく彼は、ボヨンボヨンと薄桜色の壁を跳ね回りながら突き進んでいく。

と、その進路上には小さな子供のの姿。

「ちょいとごめんよ」

一言告げ、彼は空中で軌道を変更。特異に進化した気嚢が収縮し、まん丸なもふもふの体躯までもが半分にまで縮む。勢いそのまま、彼は子供のもふもふのを通り過ぎた。キャッキャと喜ぶ子供。飛び出し防止のためのネットに跳ね返され、彼は元の進路へと戻る。

やがて彼は、広大な空間へと飛び出した。

シリンダー状の空間。内壁にと設けられた多数の建物は都市の加速時に備えてのもの。螺旋状に並んだそれらの間には縦横無尽に橋が渡され、その上にも建物がある。この空間の直径は二キロに及び、高さは二十キロメートルを越える。開放的な空間を求める彼らの性向がこの都市を作り上げた。その性質上、の方が地価は高い。存分に上を見下ろせる。

とは言え、その高級住宅街に住まうことはよい結果ばかりをもたらしはしない。なにしろ彼の職場を始めとする、都市の重要部分は概ね上の方にある。

もふもふの男は、大きく息を吸い込んだ。

勢いを殺せぬままに建物へ激突。もふもふの毛と膨らんだ体で衝撃を吸収しつつ軌道修正する。

「あらあら、市長さん。そんな急いでどちらへ?」

「ちょいと格納庫までね!失礼!」

道行くご婦人───もちろん彼女ももふもふである───にし、市長と呼ばれた彼が飛び込んだのは市内を縦横無尽に横切る車両トラムの一台。

上下左右が対称構造であるそれには座席はない。代わりに設けられた手すりを握り、くぼみにからだをはめ込んだ彼へ問いかけたのは車両トラムを運営する機械知性の声。

「どちらまで?」

「知ってるだろう!」

「了解、第十三格納庫まで。最優先です」

扉が閉まり、そして完全自動で車両トラムが走り始めた。

ふう、と一息つく市長。まん丸な体に手足が伸びた毛玉と言った風情の彼は、最近運動不足気味だった。自宅から車両トラムに飛び込むだけで息が上がるとは!

息を整えると、外へ目をやる。

磁気軌道リニアレールに沿って進む車両トラムはすぐさまへ移動。多数のたちが歩き、あるいは転がり、談笑し、生活している様子が見て取れた。

彼ら全てに対して、市長たる彼は責任を負っているのだ。

車両トラムが無重力の市街をいく中、彼は口を開いた。

「───で?問題の品物は?」

市長が尋ねたのは車両トラムを運営している機械知性。いや、それは正確ではない。この優れた装置は、都市全体を支配し、市民生活を支え、市長に助言するパートナーであったから。

人工の知性は答えた。

「不明です。スタッフが調査中ですが」

「訳の分からないものをここに持ち込んだのか」

「教授が一枚噛んだようです」

「またあいつか!」

悪態を付く市長。名前の挙がった相手は彼の頭痛の種であったから。とはいえ教授はこの都市の運営に必要だ。うまくやっていくしかない。

そんなことを考えているうちに、車両トラムは都市の天井に到達し、そしてトンネルへと飲み込まれていった。


  ◇


膨れ上がった太陽の中に、その居留地セツルメントはあった。

他の恒星間種族より黎明種族と呼ばれ、そして自らはと名乗るひとびとの。

その形状を一言で言い表せば、巨大なクジラである。実際それは生きていた。ある種の生命を備えた機械なのだ。彼の代謝は強力な防御磁場を生み出し、恒星のプラズマや放射熱への防壁となる一方、太陽風を受け止め、運動エネルギーや有益な物質を確保するための帆の役割をも果たしていた。

さらにはこの、130キロメートルにも及ぶ巨大な構造物は、表面をある種の液体で守られている。防御磁場によって受け止められた物質をこしとり、必要な元素を抽出する機能を備えているのだ。元素転換は枯れた技術だが、この地に住まうひとびとはそれに頼らず、昔ながらのより素朴な方法を選んだ。ローテクで十分に間に合うからである。

この日。この小さな居留地は、大事件を迎えることになった。

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