第11話 地下より来たる

日本における地域警察官は三交代勤務制である。地域一課から三課までが24時間勤務にいそしむのだ。仮眠時間が四時間、前半か後半に割り振られるが都市部で仮眠をとれることはまずない。さらに日勤などもあり、控えめに言っても激務だった。人間関係が元でのストレスも多く、兵庫県警での自殺率はかなり高い。

さて。そんな労働環境であってもまじめに働く者はいた。

その夜、勤務に勤しんでいた警察官もそのたぐいであった。跨がっているのはベストセラーで世界に名高い自動二輪の警察仕様である。

高架下を走った彼がたどり着いたのは公園である。警邏の順路であった。

人気のない海辺。人工島であるポートアイランドからは、神戸の町並み。そして六甲の山並みがすぐそこまで迫っている光景がよく見えた。

手すりのある岸壁に沿って歩いた彼は、ひととおり目的を果たし終えるときびすを返した。問題は見あたらぬ。今のところは。たまには平和な夜を過ごしたいものだが。独居死。不審火。酔っぱらいを保護する場合もあるし、交通事故に駆けつけねばならないときも多々ある。

彼の予想通り、事件は起こった。被害者はこの、真面目なばかりに苦労している 不幸な警察官である。

足下に潜んだに、彼は気付けなかった。

そこから伸びた、巨大な刃が自らを貫いたときですら。

「───あれ?」

ふと、体を見下ろした彼は、そのときようやく自分の身に降りかかった出来事に気がついた。理解が及ばぬ何かが起きているという事に。

奇怪なことが起こった。

警察官のなかば両断された肉体。そこからは一滴の血も流れ出す事はない。ただ、刃がぴたりと断面に張り付き、そして内部に備えていたものを感染させた。

そう。内に偏在していた量子機械。それが、警察官の構成要素のごく一部を書き換えていく。

作業が終わり刃が引かれた時。彼の負っていた傷は跡形もなく消えていた。されどもう、彼は生きてはいない。体を両断された者が生命を保っていられる道理はなかった。

刹那の間に、生ける屍。すなわち生体ドローンへと作り替えられた警察官は、生前同様の自然な動きで新たな業務に従事し始めた。

侵略者の尖兵としての。


  ◇


【神戸市中央区 ポートアイランド】


その夜、鴇崎鶫は二組目の来客を迎えた。

鶫が住んでいるのは神戸市内、ポートアイランド。すなわち神戸港の沖に作られた人工島だった。その、そこそこには高級なマンションの上層である。調度は人並みにはあるが、主に来客をもてなすための物だった。

「うん?お客さんか」

「おかしいですね。先輩以外誰も呼んでないんですけど」

一人目の来客であるところの遥の呟きの通り、部屋のインターホンが鳴っている。

家主である鶫は、怪訝な顔ながらも立ち上がった。

玄関まで出て行った彼女が見たのは警察官だった。インターホンのカメラにはっきりとその姿を晒している。

さすがに鶫も不安になった。彼女の身分は偽造である。どころか今ここにいる肉体は遠隔操作しているロボットにすぎない。限りなく本物の人体にちかいとはいえ。まさか戸籍偽造がばれたのではなかろうか、と考える彼女の前で、警察官は告げた。

「すみません。鴇崎鶫さんはおられますでしょうか?」

居留守を使うという手もあったが、外から見れば部屋の明かりで丸わかりである。

覚悟を決めた鶫は、扉の鍵を開けた。


  ◇


角田遥すみだはるかは女子高生である。将来の夢は天文学者だった。

常識に収まる程度の秀才だった彼女は、常識的に後輩を心配した。夜間である。大丈夫だとは思うが来客がよからぬ考えを抱いていた場合を危惧し、部屋から玄関の方を覗き見たのである。

彼女の予想は正しかった。来客が邪悪な考えを抱いていたと言う意味では。

そしてそれ以外のすべての点で、予測は外れていた。

開かれた玄関。

その向こうに立っている男の腕は、愛しの後輩。その胸板を貫いていたから。

「───鶫!?」

遥は知らなかった。これが、十年前の再来であるということ。二回目の、第五種接近遭遇異星人との接触であるということを。

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