第3話 そして一時のお別れ
「鶫さんは、どこから来たの?」
「……分からないんです。気が付いたら、ここにいて」
降り注ぐ雨の中、遥と鶫。二人は、大きな木の下で雨宿りをしていた。
遥は様々な事を話した。学校の事。家の事。両親の事。山中に遊びに来て、ふとした冒険心から道を外れたこと。迷ったこと。
鶫はただ、遥の話を聞きながら時折相槌を打ったり、あるいは頷いたりしている。
「……雨、やまないね」
「そうですね」
ここは現実世界に限りなく近い。少なくとも、人間の感覚では区別などつくまい。だが実際には異なっていた。ここはシミュレーションの内部。鶫が自らの演算能力を用いて再現した空想の世界だった。
外では、遥が焼け死んでからまだ数分しか経っていない。
死んだはずの人間。彼女ならこうするだろう、という想像が、今の遥だった。限りなく本物に近いが。
少なくとも、原子レベルまで。
「鶫さんの体、あったかい」
「そうですか?」
ふたりは抱きしめ合い、温め合った。
◇
───不思議な人だ。
鶫と話してみての、遥の感想だった。
とても慎重に、言葉を選んでいるように見える。遥を大切に扱ってくれている気もする。壊れ物を扱うかのように。
けれど。
同時に違和感も覚える。なんというか、とても上手ではあるのだ。その振る舞いは。
けれどどこか違う。人間ではない者が、人間の形を無理にしているかのように。
そこが、怖い。不思議だった。とてもいい人なのに。
仕方がない。どちらにせよ、雨がやみ、助けが来るまでのつき合いになるはずだった。
やがて、遥は眠りについた。
◇
苦労の甲斐はあった。
鶫は思考する。
遥から得られた情報は大変に貴重なものだった。この世界の大まかな地理。社会体制。テクノロジーレベル。生理構造。精神性。
そして彼女が手にしていた端末。
携帯電話の解析を終えていた鶫は、既に外部のネットワークシステムとの接続に成功していた。もちろん、その創造者たちに気取られないよう慎重に。しかし言葉や社会構造が分からずにアクセスするのと、前情報がある上でアクセスするのでは効率が桁違いだ。
調べたところ、この星の住人たちは宇宙開発のごく初期の段階に到達しているらしい。鶫が生理機能として有しているそれとは比べるべくもないが、長期的には脅威となりうる将来性である。
───脅威?
突如飛び出してきたその認識に鶫は戸惑う。
確かに、彼ら人類は大変攻撃的だ。しかし、この星の環境を破壊し尽くせるだけのテクノロジーを得ていながらもきちんと制御しているではないか。彼らは同族同士でいがみ合いながらも破局に至らぬだけの知性がある。
だから、鶫はもうしばらく様子を見ることにした。
自己修復が完了すれば、身を潜めなければなるまい。そしてもう一つ。
遥の肉体を復元する。さして難しい作業ではない。手近な物質───土や樹木───を素粒子レベルで組み替える。余剰のエネルギーは集めて元素へ変換。
完全に制御された核融合を体内で実現し、鶫は必要なものを組立なおした。眠っている女の子。その精神を形作るニューラルネットワークごと。
作業を終えた鶫は、ゆっくりと地面に沈み込み始めた。物質の構成原子間はスカスカだ。物質同士がすり抜けてしまわぬように働いている電気力学的メカニズムを無効化しているのだった。ついでに、破壊してしまった地形も適当に復元。こちらは綿密にする必要もなかろう。
全てを終えた彼女の姿は、地上から完全に消滅した。
後に残されたのは、眠りについた一人の女の子だけ。
やがて、雨が上がり、消防と警察からなる捜索隊が遥を発見した。
もちろん彼らは、ここにいた金属生命体の痕跡に気付くことはなかった。
それから十年の歳月が流れた。
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