銀河縦断ふたりぼっち

クファンジャル_CF

序章 十年前

第1話 女の子、金属生命体と出会うの巻

―――そこは、奈落だった。


地球の二十九倍の重力を持ち、六千度の灼熱に包まれ、五百万度のコロナに守られた燃え盛る大洋。

強大な自重によって、自らの構成原子からエネルギーを絞り出すそれは、天然の超巨大核融合炉だ。

恒星。そう呼ばれる天体であった。

いかなる生命であろうとも拒絶される極限環境。

されど、自らの意志で活動する者たちはいた。

業火でもなお焼くことが叶わぬ、地獄の悪鬼どもが。

どこまでも続くプラズマの海。それを突き破って飛び出してきたのは、巨人。

一言で表すならば、そいつは女だった。少女と言い換えてもよいかもしれぬ。細長い四肢。くびれた腰。しっかりとした骨盤。

とはいえ、人間とは異なる部分もあった。全身を構成するのは直線的な金属。小振りな頭の後部から生えているのは髪の毛ではなく多数の放熱板であろう。刃の四肢を持ち、腰のスカート状のパーツは折り畳まれたアームのようにも見えた。

そして、対比物がないために分かりづらいが、小山のごとき三十五メートルもの巨体。

明らかなる工学的特徴。されど、彼女は機械ではなかった。限りなくそれに近い存在ではあったものの、生命を備えていたから。

彼女のバイザーに覆われた頭部がへ向けられた。かと思えば、投げかけられたのは強烈なる

死をもたらす力を秘めたそれは、雷光だった。細く絞り込まれた、荷電粒子ビームの束が放たれたのだ。

から射出された大出力ビームはプラズマの海面をえぐり、波紋を広げた。二百キロメートルにわたって核融合する水素を弾き飛ばし、その下に潜む敵の姿を露わにしたのである。

そう。下半身から十二本の触手を伸ばした、尖塔のごとき五十メートルの巨体を。

機械で出来たそいつは、尖ったを少女のごとき金属生命体へ向けた。かと思えば、防御磁場を最大限に展開する。空間を埋め尽くすプラズマの大気を弾き飛ばしつつ、最大加速で突撃チャージ

はそいつから逃れようとした。無駄な努力であったが。速度が違う。旋回性能が違う。に優れた尖塔は、彼女を機動力で圧倒していたのである。

回避を諦めた彼女は、身構えた。

敵を迎え撃つべく振るわれたの四肢。刃でできたそれは、しかし非力に過ぎた。強靭無比な尖塔の構造材―――分散思考型転換装甲を貫通できなかったのだ。

むなしく敵の装甲表面を滑っていく、刃の腕。

尖塔は、いともたやすく彼女の腹部を貫いた。

明かな重傷。

瀕死のは、刃を振るう。を放つ。されど通じない。敵の装甲は彼女の手に余った。頑強すぎる。これ以上傷口を押し広げられぬようにするので手一杯。

このままでは逃れられぬ。それを悟った彼女は、だから賭けに出た。無理やり敵のを横に押しのけ、腹部が裂けるのと引き換えに自由になったのである。

それで終わらない。

のあたりに収められた二基の機器を活性化させると、必要な諸元入力すらせずに最大出力を発揮させたのである。

次元を捻じ曲げ、空間を制御する数学的欺瞞装置―――詭弁ドライヴを。

少女にも似た金属生命体は、この星から消え失せた。


  ◇


春雷が降り注いでいた。

六甲山系。その奥。かつてはげ山と化し、人間の努力によって再び緑を取り返したという経緯を持つこの山脈は、今、不意の降雨に見舞われていた。

恵みの雨。

されど、何ら身を守るべきものを持たぬ人間にとっては違う。

特に、ろくな装備を持たず、山中に紛れ込んでしまった女の子にとっては災難としか言いようがなかった。

「―――さむい……」

小学校に上がったばかりの子供だった。首から紐でぶら下げられているのは、二つ折りの携帯電話。このような場所でなければ彼女は、助けを呼んでいたに違いない。

そう。電波が届かなかったのだ。

彼女は迷子だった。山中へと迷い込み、道を見失ったのである。

不運と言えた。とはいえよくあることではある。うまく立ち回れば助けがくるまで持ちこたえることもできたであろう。

しかし、次の瞬間に訪れた出来事は、不運で片づけられるレベルを大きく越えていた。

空間が膨れ上がる。巨大なエネルギーの衝突で生まれた時空の穴に負のエネルギーが流し込まれ、そして拡大する。完成したアインシュタイン=ローゼン橋ワームホールの向こう側から堕ちて来たのは、この世ならざる者。

瞬間的に広がった穴が自然界の復原力に押し潰される前に、そいつは顕現を終えていた。

女の子と同一座標に、三万トンの巨体が出現したのである。

押し潰されるかと思われた女の子は、しかしそうはならなかった。出現した側の電気磁気的作用。物体の相互作用を実現し、原子同士がスカスカの隙間をすり抜けてしまわぬ働きが無効化されていたことで、女の子は巨体に押しつぶされずに済んだのである。とはいえそれは救いを意味しない。そこから立て続けに、致命的な事が起きたから。

近すぎて接触した相互の原子のいくらかが核融合反応を起こし、高エネルギーの放射線として吹き荒れ、そしてトドメとなったのは六千度もの熱量。

山肌に大の字を描いた翠の巨体によって女の子は死んだ。人類史上初めて、の手にかかったのである。

この物語の、ふたりの主人公の出会い。

本当に最悪だった。

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