天体観測
大橋天
流星群
真夏の、蝉が煩く鳴く午後2時。胸元まである桃色の髪を左耳の横で一つ結びにした少女が息を切らしながら走っていた。
セーラー服のような洋服を着た小柄な少女だ。
手には鞄があり、握りしめている。
安曇由枝、高校2年生の女の子だ。
コンビニのすぐ横に公園があり、その広場へ入っていく。
「つ、疲れた···」
小さく呟くと、公園内にあるベンチへと足を運んだ。
隣にはブランコがあり、小学校低学年ほどの男の子が2人遊んでいた。
安曇は持っていた鞄を開いた。
「あ、携帯忘れた」
中には財布と化粧ポーチとタオルしか入っておらず、困惑の笑みを浮かべる。
「ま、いっか」
少し落ち込んだものの、大丈夫だと思い、携帯電話を取りに戻ることもせず公園で乱れた息を整えることにした。
数分休んで安曇はコンビニに向かった。
お茶と食べ物を購入し、また先ほどの公園へ足を踏み入れる。
さっき座っていたベンチとは違うベンチに座る。
先ほどのベンチには仲が良さそうな老夫婦が座っていたからだ。
一息つくと買ってきたものを取り出して食事を始めた。
暑い夏の真っ昼間。太陽がとても照っていた。
「あっつー」
肌が焼けるのを気にしながらも、そこから動こうとせず、何時間も時が過ぎるのを待っていた。
安曇が、ふと辺りを見回すとさっきまで遊んでいた子供たちが一気に減っていた。
公園に設置されている時計を探す。
17:13
デジタル時計にはそう表示されていた。
(もうこんな時間。子供たちはもう帰ったのね)
安曇は納得し、誰も乗っていないブランコへ向かった。
なぜだかその時ブランコをしたい気分だったのだ。
きぃ·····きぃ······
錆び付いた鉄が擦れる音が妙に心地よかった。
足で少しずつ揺らしていく。
真っ直ぐ空を見つめると沈んでいく太陽が見えた。
それを眺めながらなお、ブランコを揺らした。
すると、いつからか二つの音が聞こえるようになった。
隣のブランコで誰かが遊んでいるようだ。
ちらりと見てみると黒いパーカーを着た女の子がちょこんと座っていた。
その女の子はパーカーのフードをすっぽりと被り、さらにチャックを首元まで締めていてまさに全身真っ黒だった。
ずっと見ていると目線が合った。
黒い女の子は
なに?
と、問うように首を傾げる。
恥ずかしくなり安曇は目をそらした。
「あ、」
その瞬間黒いパーカーの少女は、声をあげた。
「え?」
それに反応し、振り返った安曇はまた少女と目が合った。
よく見ると綺麗な顔立ちだった。まつ毛が長くて大きなぶるーの瞳。
「誰?」
安曇が考え事をしているとまた彼女が声を出した。
固まって話せないでいると少女は目を逸らしブランコを漕ぎ始めた。
(なんなのだろう?)
疑問を抱きながらも安曇はブランコから離れようとはしなかった。
寧ろその謎の全身真っ黒の少女と話したいと思っていたのだ。
それから2人の間に会話はなかった。
しかしどちらもそこから動く気配がない。
辺りは薄暗くなっていた。
ちらりと安曇は時計に目をやる。
19:06
あれから1時間以上が経過していた。
「帰らないの?」
先に声を発したのはパーカーを着た少女だった。
「え、あ、うん」
曖昧に返事をしてしまった自分を恨みながら少女の目を真っ直ぐ見た。
「ふーん」
興味ないというように安曇から目を逸らして空を見つめた。
少女の手元を見た時、袖でほとんど隠れていたが少しだけ指が見えた。絆創膏だらけの指だった。
「あなたは?帰らないの?」
少女がした質問と同じことを問う。少し涼しくなった風が髪の毛を揺らした。
少女は軽く頷いた。
帰らない、ということだろう。
「どうして?」
そう聞くと少女はこちらを向いた。直ぐに視線を自身の足元に戻してしまったが。
「帰りたくないの」
小さい声で呟いた。
(どうしてだろう)
安曇にはそんな疑問が湧いていたが、聞くことは出来なかった。
少女はだんだんとブランコを漕いでいく。
それを無言で眺めた。
「あなたも、まだ帰らないのでしょう?」
そう聞いてきた少女は、深く漕いでいたブランコから、飛び降りた。
被っていたフードが背中へ落ちる。
フードの中から出てきた透き通った青色の髪が風に揺られて、とても綺麗で、とても美しく、見とれてしまっていた。
フードを被り直した少女は後ろを振り返り安住を見た。
「まだ帰りたくないなら、一緒に着いてきて?」
そう言うと少女は歩き出した。
「わ、わかった」
慌ててブランコから降り、先を歩く少女に追いつくため小走りになった。
数分歩いたところには小さな芝生の丘があった。
小さい頃からこの辺りに住んでいる安曇でさえ知らなかったところ。
「ここね、僕だけの秘密の場所なんだ」
いつものように無表情で、言葉を紡いだ。
少女は丘の真ん中に行くと、あぐらをかいて座った。
その隣に安曇は座る。
空を見上げると薄暗い闇に一番星が見える。
すると、星が大空を跨いでいくのが見えた。
「あ、流れ星」
安曇がそう言い終わる前に一つの光は何処かへいってしまった。
「なんで公園なんかに居たの?」
少女の目線は空にありながら、安曇へ質問をする。生ぬるい風が髪を揺らした。
「え、親と、喧嘩しちゃったから、逃げてきたの」
何となく、正直に話してしまった安曇は言ったあとに後悔をした。
いまどき母親と喧嘩して家出なんて笑われるに決まっている。
「喧嘩しちゃったのかぁ」
安曇の方を向くことなくその言葉は放たれた。
笑わずに聞いてくれた少女が大人だったのか、家出をした安曇か子供だったのかわからなかったが、とても心地よい気持ちになった。
「早く仲直りするといいね。君、名前は?」
なにかを待ちわびるかのように空をじっと見つめている。
少女の横顔は子供っぽくもあり、大人のような雰囲気だった。
「安曇、安曇由枝」
答えた安曇だったが、返事はなく。
声を出せないでいた。
よく分からない少女の行動や言動にあたふたしつつも、その先にある何かいつもと違う、非日常があるような気がして、高鳴る感情に安曇はドキドキしていた。
“もっと、彼女と同じ時を過ごしたい”
時間が過ぎていくたびに、少女の周りの空気がそわそわし始めた。
その空気に感染するように安曇の脈拍は上がっていく。
「今日はね、8時30分頃にペルセウス座流星群が見れるんだ」
「ぺ、ペセル?え?」
何を言ったのか聞き取れず、焦ってしまう。流星群、ということは流れ星だろう。
少女は星が、天体が好きなのだろうか。
「ペルセウス座流星群、夏の流星群。まだ今年は見てないから」
さっきとは違う、わくわくしているような表情をしていた。
「とっても綺麗なんだ」
声を出せなくなった安曇の代わりに少女はお喋りになっていた。
「流星群はね、空のある1点から放射状に流れるように見えるんだよ」
独り言のように。すらすらとうんちくを述べていく。
「あ、そろそろだよ」
二人して空を見上げる。
その数分後に沢山の、無数の、数え切れないほどの星が空を明るくした。
二人はそれに見とれ、ずっと空を眺めていた。
空が一気に暗くなると少女はよいしょと言いながら腰をあげた。
「そろそろ帰らないと」
つられて安曇も立ち上がる。
「綺麗だったね。流星群」
少女に向かって満面の笑みを浮かべた。
すると少女は目線を空に戻し、先ほど星たちが流れたあとを追って、安曇を瞳に映した。
「そうだね」
少女のその顔に、その笑顔に、安曇は目を見開いた。
出会って初めて少女が無表情から顔を崩した瞬間だった。
丘の下まで二人で降りていく。
「それじゃあこっちだから、ばいばい」
大きな交差点に出ると少女は手を挙げた。安曇も手を振った。
「ばいばい。今日はありがとう!」
歩き出していた少女に安曇の声は聞こえていたか分からない。
だけど多分聞こえていたのだろう。
「ありがとう、由枝」
幻聴だったのかもしれないが、少女の声が聞こえた気がした。
「ふふっ」
振り向くことがなかった真っ黒のパーカーを着た少女。
1度だけ見た笑顔と、名前を呼んでくれたことを思い出し、安曇は家に帰りながら微笑んだ。
天体観測 大橋天 @oohs_ame
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