青春カウンセリングバトル

しゃちほこ眼鏡

黒豹カウンセリング

プロローグ、平凡な日々の崩壊

00

 長所、いつもと変わりない平凡な生活に満足し、その生活を愛していること。

短所、情にもろいこと。衝動的な言動で、平凡な生活を壊してしまいそうになること。


人は短所を補うために、それなりの対価を払う必要がある。僕の場合、僕自身が衝動的な行動を起こさないように、自身の感情を制御する努力をしなければならない。


仲の良い友人たちとおもしろ動画を撮り合ってネットにアップする?そんなのNGだ。

可愛い幼馴染との甘酸っぱい初恋に一喜一憂するか?ありえない。

散らかった学生寮でルームメイトと夜遅くまで将来の夢を語ってみたり・・・論外だ。そもそも部屋の乱れは心の乱れに繋がる。


整理整頓された環境で、友人や恋人を作ることなく常に一人でいることを心掛ける。これこそが僕の理想とする生活である。


―しかし青春は、一人でいることを許してはくれない―


01

 いつもと同じ、だけれど少し悲しげな黄色い空。日が暮れ始めた教室は静閑として、昼休みのそれとは別物に感じられる。掃除に集中していないと物思いにふけってしまいそうな趣き深い空間である。


あたかも卒業式であるかのように片付いた教室を見まわし、両手をパンッパンッと払ってから捲り上げていた袖を下ろす。


ふーっと深く息を吐きながら黒板の方へ振り向くと、自慢の猫っ毛がふわりと揺れる。オレンジ色に染まった黒板に書かれている張間健太(はりまけんた)という日直名を消し、書き換えた後で、机の並びに乱れがないかもう一度チェックをする。


完璧だ。

この教室、僕以外にここまで掃除している奴なんていないんだろうな。


そんなことをぼやきながら、さほど重くない学生鞄を片手に教室を出る。

窓枠に積もった埃が気になってしまったのをきっかけに、細かいところまで拭き掃除していたせいですっかり帰りが遅くなってしまった。


まあ、校舎近くの寮に一人で暮らしている僕には、少し帰りが遅くなった程度で心配してくれる人なんていないのだけれど。それに、日直の時の帰宅時間は大抵このぐらいである。問題ない、今日もいつも通りだ。


それにしても、今日の僕もよくやった。適当に授業を受け、適当に相槌をうち、適当なところで笑顔を見せる。それでいい。そうしていれば心が乱れることもないのだから。


靴を履き、校舎を出て背伸びをする。やはり、換気をしたとしても室内よりは屋外の方が空気が気持ちいい。風は、モヤモヤとした感情を吹き飛ばして、心を空っぽにしてくれるから好きだ。


4月の柔らかい風が、僕のふわっふわの前髪を乱していく。それを一々と直しながらいつもの帰路を歩き始める。実に僕らしい。僕は僕自身のために平凡で、月並みで、ありきたりでなくてはならないのだ。


夕焼けの趣き深い景色に心を奪われてしまわないように、なるべく下を向いて早足で歩き続ける。吹奏楽部や剣道部、女子バスケットボール部が練習している音が聞こえる。それぞれの学生にそれぞれの青春があるのだろうけれど、僕にとってはそれは関係のないことだ。


誰かに関わって、余計な感情をぶつけてしまうと、最終的には悲惨な結末へとたどり着いてしまう。そんな風な呪いがかけられていると感じてしまう程に、僕の中学までの人生はひどいものであった。その結果、仕上がったのが現在のサイボーグのような僕、サイボークというわけである。


けれど、サイボーグのように無感情になることは不可能で、サイボークは遠くから聞こえてくる部活生の声にさえ心を動かされてしまいそうなほどに感受性が豊かなのだ。我ながら憎たらしい性である。


周囲の音をシャットアウトするため、鞄からヘッドホンを取り出し装着する。

こういう時はクラシック音楽をかけて心が乱れないようにするのが一番である。


スマホを片手に曲を選んでいると突風が吹き付け、土埃が勢いよく舞った。とっさに学生鞄を盾にして目を細める。乱れた前髪と盾にした鞄の隙間から僕の目に飛び込んできたものは、僕の感情を激しく揺さぶるものであった。


僕の目に映ったのは、1人の女子高生のパンツだった。予防線のはずのヘッドホンからはモーツァルトの『恋とはどんなものかしら』が流れている。最悪だ。


それは、夕焼けの黄色を帯びた淡いピンク色だった。春だと思った。

吹き付けたのは、今年かなり遅めの春一番だった。


こうして僕が必死で守っていたはずの心は、一瞬で、あっけなく、こんな些細なプチイベントで奪われてしまったのである。

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