もろ不審者案件だよね？ 自称サンタさんがプチ腐な私に乙女用プレゼントくれたんだけど

Ｅｐｉｌｏｇｉ

七月十九日、金曜日。

今日は、鈴穂達が通う豊根塚高校の一学期終業式。蒸し風呂のようになった体育館内に合わせて千名以上の全校生徒と先生方が一同に集う。

校長先生が開式の挨拶をされたあと、校歌斉唱が行われ、

「えー、夏休み期間中の、生活のことについてなんやけどもぉ。えー、豊高生の子ぉらは今さら注意されんでも分かることやと思うねんけどな。髪の毛染めたり、ピアスしたり、深夜にふらふら出歩いたり、特に女の子は爪にマニキュアを塗ったり……コラそこぉ、パタパタ仰ぐなっ！　暑いんはみんな同じやねん……《以下略》」

　強面な生徒指導部長兼体育教師から長々と諸注意があり、閉式となった。

この後は教室で、各クラスの担任からお馴染みのあれが配布される。

一年三組の教室。

まあ、こんなもんでしょ。

学夏は阪井先生から渡されたあと、すぐに開いて確かめた。彼女の通知表の評価は体育５と家庭科８、書道が平凡な６である以外はオール１０。

「はい、播本さん」

「あー、すごく緊張するなぁ」

　鈴穂は渡された後もすぐには開かずに、自分の席へと戻った。そのあとに恐る恐る開いてみる。

おう、思ったより良い！

　眺めたあと、鈴穂は思わず笑みを浮かべた。

「鈴穂ちゃん、見せてー」

「すずぽん、やけに嬉しそうやね」

　伸実と千景がすぐに近寄って来て覗き込んでくる。

鈴穂は、主要科目は数学ⅠＡと化学基礎が６である以外はオール７、副教科については体育が５、家庭科が７である以外はオール６だった。

「おめでとう、鈴穂ちゃん。よく頑張ったねぇ」

　伸実は嬉しそうな表情を浮かべ、パチパチ拍手する。

「すげえ！　７多っ。でも書道だけはうちの勝ちや。まなつにも絶対勝っとる」

　千景は自慢げに言い、自分の通知表を鈴穂に見せ付けた。

「書道だけ９取っても、他が３、４ばっかり５僅かだったらあまり意味無いでしょ」

　鈴穂はすかさずコメントしてあげる。

「まぁね。今学期英語と古典は中間も期末も赤点取ったけど、再試と提出物のおかげで不可を免れたようなもんやからね」

　千景は苦笑した。

　そのあとしばらくして、伸実の通知表も配布される。書道８、体育５。他の科目は９か１０を取っていた。学夏も伸実も鈴穂同様、実技科目は小学校時代から苦手としているのだ。

「それじゃみんな、夏休みも元気でな。さようなら」

　阪井先生は全員分渡し終えたあと、いくつか連絡事項を伝えて最後にこう締めた。

　そして学級委員長からの号令があり、解散となる。

今日は期末の個人成績表が配布されたあの日以来、鈴穂、伸実、千景、学夏の四人でいっしょに下校することにした。千景の三者面談が終わるまで他の三人は下駄箱前で待つ。

「やあ、お待たせ」

　十一時半頃、千景はとても機嫌良さそうに三人のもとへやって来た。彼女の母は来賓用の玄関口から帰っていったらしい。

「予定よりも長かったね。千景、理系は無理だって言われたでしょ？」

　鈴穂はさっそく気になったことを尋ねてみる。　

「まぁね。でも二学期で挽回すれば進める可能性は大いにあるって」

「理系クラスで今の成績のままじゃ、追試地獄に遭うよ。千景さんは私大文系志望者向けの文系Ⅱクラスの方へ進む方が良いのでは？」

　学夏は爽やかな表情で助言する。

「文系Ⅱクラスなんてリア充、おバカなチャラい系男子、うちらとは正反対なビッチ比率が高なりそうやから絶対進みたくないわ～」

　苦笑いながら主張する千景に、

「千景ちゃん、理系進めるように勉強頑張ろうね。夏休みが勝負どころだよ」

　伸実は爽やか笑顔でエールを送ってあげたのだった。

　ともあれ四人は正門を抜けて、帰り道を歩き進んでいく。

「夏休みの宿題、めっちゃ多いよねぇ。サマーワーク五教科、分厚過ぎやわ～」

「確かに多いよね。私はもう、少しだけ進めてるよ」

「わたしは三分の一くらい終わったよ」

「ワタシはもう八割方済ませましたよ」

「はやっ。ワーク、ちょっとは見てみたけど分からない問題ばっかりだったよ。登校日に答配られるからそれから一気に写さないと」

「ダメですよ、千景さん。自分の力で解かなきゃ」

「千景、そんなやり方じゃ本当の実力は身に付かないよ」

　学夏と鈴穂は率直に意見する。

「すずぽん、中学の時までと打って変わって真面目な意見やね。数学と英語は元々多く出されてたのに、うちなんか成績不振者への追加プリントまで課せられたし。こうなったら母さんに頼んで宿題全部やってもらおっかなあ。絶対アホかあんた言われるけど」

「千景ちゃん、夏休みの宿題で困ったらわたしに相談してね。お手伝いするよ」

「いっ、いやぁ、そっ、それは、悪いし、なるべく自分の力でやるよ」

「そう？　えらいね千景ちゃん」

　ガチガチに緊張してしまった千景の頭を、伸実は優しくなでてあげた。

「あっ、あのう…………」

　すると千景は放心状態になってしまった。

「千景、相変わらずだね」

「……あっ」

　鈴穂に肩をパシンッと叩かれると、千景はすぐに正常状態へと戻った。

「千景ちゃん、なんかかわいい」

　伸実はにこにこ微笑む。

「うっ、うち、この性格だけは、どうしようもないわ～」

　千景は苦笑いを浮かべた。

「ワタシも伸実さんに頭をなでられると同じようになってしまいそうだよぅ」

　学夏は照れくさそうに伝えた。

　途中の分かれ道で千景と別れ、学夏と別れ、家まであと五分くらいの場所で、伸実と鈴穂二人きりとなる。

「鈴穂ちゃん、夏休みはＵＳＪと海遊館と、民博とエキスポシティいっしょに行こうね」

「うん♪」

「千景ちゃんと学夏ちゃんだけじゃなく、あの五人も誘おうよ。きっと賑やかでより楽しくなるよ。学力向上のご利益もありそう」

「いやぁ、それはちょっとまずいかも」

「そう言われてみればそうだね。千景ちゃんと学夏ちゃんは存在まだ知らないもんね」　

「でも、あの子達なら伸実ちゃんみたいにすんなり存在受け入れてくれるかも」

「じゃあ、もうバラしちゃえば」

「そうだねぇ。近いうちにバラそうかな」

二人は楽しそうに取り留めのない会話を弾ませながら、クマゼミの声シュワシュワうるさく鳴り響く帰り道を進んでいった。

伸実とも別れ、鈴穂が自宅の門に差し掛かろうとしたその時、

「モイ！　播本鈴穂ちゃん、ピトカスタ　アイカー。おいら、鈴穂ちゃんがお友達と学校を出てからずっとあとつけてたんだけど、学校生活より充実しているようだね。おいらもとっても嬉しいよん」

　彼女の背後からあのおじさんのハイトーンな声が。

今日もあの時と同じく暑苦しそうなミニスカサンタコスプレだった。

「学力サンタのおじさん、その行為、ストーカーそのものですよ。まあでもあなたの作ったあの教材、めっちゃ役に立ちましたよ。私、おかげさまでテストの成績、私自身も信じられないくらい急上昇しました」

　このおじさんやっぱやばいよぉ。私の呼び方もお嬢ちゃんから名前に変わってるし。と鈴穂は内心ちょっと恐怖心を感じつつも、満足顔で感謝の意を表する。

「パリヨン　オンネア！　それはすこぶるよかったよん」

「イラストの男の子と女の子が実際に飛び出して来る教材を作れるなんて、学力サンタのおじさんはまるで魔法使いみたいですね」

「驚いただろう？　二次元キャラ三次元化計画が実現出来たことで都市伝説通り、おいらは魔法使いになれたってことを実感出来たよん。鈴穂ちゃんのおウチはここだね。ヘクセンハウスみたいに素敵なおウチだねぇ。鈴穂ちゃんのお部屋はお二階のあの可愛らしい水玉のカーテンが掛かってる所だね。おいら雰囲気で分かっちゃったよん。おいらの生み出したあのキャラ達もいる気配も感じたし。リアルクリスマスの夜、鈴穂ちゃんが寝てる間に素敵なクリスマスプレゼントお届けするから、ブーツを用意して楽しみに待っててね」

　自称学力サンタがにやけ顔で鈴穂宅の二階をちらっと見て伝えると、

「いえ、けっこうです。そんなことしたら、学力サンタのおじさんがお巡りさんに捕まっちゃいますよ」

　鈴穂の表情はやや引き攣る。恐怖心も高まってしまった。

「ハッハッハ。冗談、冗談。あのキャラ達からもお叱り食らうだろうし。では鈴穂ちゃん、今度はリアルクリスマスイブの日に逢おうね。その日もし暇だったらおいらとデートしよう。ナハダーン。モイモイ♪」

　自称学力サンタはにこにこ顔を浮かべてメリーな気分で、あの日と同じようにフィンランド語で別れの挨拶を告げて足早に立ち去った。

すみません、デートはマジ無理です。学力サンタのおじさん、お巡りさんに捕まらないように気を付けてね。良い人なんだろうけど外見と行動が怪し過ぎるので。

苦笑いでちょっぴり心配そうに見送って、自宅に帰り着いた鈴穂は母に堂々と通知表を見せてあげた。

「鈴穂、まずまずの成績ね。二学期はもっとええ成績が取れるように、担任の阪井先生も言ってたように夏休み必死で頑張なあかんでー」

「分かってるって」

上機嫌でお昼ご飯の冷麺を取り終え自室に向かうと、

「Ｗｅｌｃｏｍｅ　ｈｏｍｅ！　スズホちゃん。Ｓｈｏｗ　ｍｅ　ｙｏｕｒ　ｒｅｐｏｒｔ　ｃａｒｄ．」

「おかえりなさいませ鈴穂さん、通知表を拝見させて下さい」

「おっかえりーっ、スズホルマリン。通知表、通知表」

「おかえりなさい、鈴穂お姉ちゃん」

「おかえり鈴穂君。担任からの暑中見舞い、通知表とやらをさっさと見せろこのメスブタ」

　いつもと変わらず教材キャラ達がテキストの中から飛び出し出迎えてくれる。

「はい、はい」

鈴穂は快く通知表を、代表してキャロルに渡してあげた。

「なかなかのグッドレコードだね。英語は期末だけの評価なら９だったかも」

　キャロルはにっこり微笑み、嬉しそうにコメントする。

「得意科目の現社、世界史で１０が付いてないのはいかんなぁ。さあ鈴穂君、夏休みはお盆休み返上で、毎日欠かさず一日最低五時間はお勉強しようぜ」

「ボクもエブリデイ付きっ切りでキュートなスズホちゃんをスタディーサポートするよ」

「鈴穂お姉ちゃん、この夏休みに数学ⅠＡ完璧にマスターして、二学期以降は最高評価の１０を狙っちゃおう！」

「理系進むなら化学と生物も１０を目指して総復習と先取り学習頑張ろうぜ、スズホルマリン」

「国語も怠けちゃ駄目ですよ。海や山やプールや遊園地などに行ってかしこく遊ぶ日があってももちろんいいですけど、家庭学習時間は毎日きちんと確保しましょう」

「えー、それは、ちょっと。お盆くらいは休ませてよ。受験生じゃないんだし」

　鈴穂は苦笑いを浮かべる。

「Ｎｏ　ｗａｙ！　スズホちゃん。今から一生懸命勉強を頑張っておけば、基礎学力がしっかり身に付いて二年半後の大学受験だって楽に乗り越えられるよ」

「鈴穂君、ここで気を抜いては絶対ダメだ。一日サボったら怠け癖が付いちまうからな。ライバル達にすぐに差を付けられちまうぜ」

「スズホちゃん、シッダウン！　今日はこれからディナータイムまで勉強頑張ろう！」

「分かった、分かったから私を吊り上げないで」

　キャロルは力ずくで鈴穂を椅子に座らせた。

「スズホルマリン、逃げられないようにしっかりと結合しておくね」

「やっ、やめてぇ～っ」

　鈴穂は胴回りを剛流磁の手によってコイルのような物体できつーく縛られ、身動きを封じられてしまった。

「スズホルマリン、気を抜くとデンキウナギ並の高電圧大電流がビリビリ走るぜ」

「ちょっと待て。それだけは、勘弁してっ！　マジで死ぬから」

「鈴穂さん、ご安心下さい。わらわの力で即座に心肺蘇生させますから」

今日からは、教材キャラ達五人の指導による地獄の夏休み学習特訓が始まる。

主要科目を指導する二次元で三次元な彼らが手厚くサポートしてくれるから、鈴穂の成績はきっともっともっとアップするはずだ。

　　　　　　　　☆

七月二十五日木曜日、朝九時頃。播本宅。

『なんとも間抜けな盗撮未遂犯です。昨日午後三時半頃、東京都世田谷区にある私立小学校のプールを校庭のモミの木に登って盗撮しようとした疑いで、大田区に住む三三歳自称発明家、三田賛太郎（さんた　さんたろう）容疑者を現行犯逮捕しました。調べに対し三田容疑者は、おいらの発明したスケルトンレインコートなら絶対バレないと思ったんだけどねぇん、本当は煙突に登って覗きたかったんだけど近くに無かったからねぇん、と悔しそうに供述したとのこと』　

　リビングのテレビから流れたワイドショーのニュース映像を見て、朝食中の鈴穂は思わず笑ってしまった。映っていたのがまさにあのおじさんだったのだ。今回はサンタコスプレではなく、すっかり露になった髪型は坊ちゃん刈りだった。

　あのおじさんの本名、三田賛太郎さんかぁ。本名もサンタさんみたいだね。いくら東大卒でも、盗撮はしちゃダメでしょ。未遂だからすぐに釈放されるだろうけど。コメンテーターさんもめっちゃ笑ってるし。

　鈴穂はこの瞬間から、彼を反面教師と見なしたようだ。

「本名が賛太郎の賛太さん、見損ないましたよ」

「おじちゃん、ぼく達より三次元なんかの方がいいの？」

「サンタンパク質、ボブタジエン以上の変態だな」

「賛太君、前科付けちゃダメだろっ！　この萌えブタがぁっ！」

「ぎゃふんっ！」

「Ｙｏｕ　ｐｅｒｖｅｒｔ！　Ｙｏｕ　ａｒｅ　ｉｎｔｅｌｌｉｇｅｎｔｓｉａ，ｂｕｔ　ｌａｃｋｉｎｇ　ｉｎ　ｃｏｍｍｏｎ　ｓｅｎｓｅ．」

「うぼぁっ！　ぐはぁっ！　アンテークシ。もう金輪際やらないよーん」

　後日、怪しいサンタのおじさん、ようするに三田賛太郎は彼の生み出したあの五人にこの事件のことで厳しく説教され、呆れ顔な怜央に竹刀で頭をぶん殴られ、怒り心頭なキャロルには頬を思いっ切り引っ叩かれ、スポンジケーキのようにふっくらした腹をグーで殴られ、すっかり反省したそうだ。

（Ｌｏｐｐｕ）