もろ不審者案件だよね？ 自称サンタさんがプチ腐な私に乙女用プレゼントくれたんだけど

ｅｐｉｓｏｄｉ １ 開けてびっくり！ 学力サンタの季節はずれのプレゼント

私服に着替えて一段ベッドに腰掛けた鈴穂は、伸実以外の親友に母から理不尽な要求をされた旨をスマホメールで伝えたあと、

さてと、あの怪しいプレゼント箱開けてみるか。

例の物を鞄から取り出してローテーブル上にそっと置き、リボンを解く。中にはあのお方がおっしゃっていた通り国、英、数、社、理。五教科分のテキスト、それぞれ一冊ずつの計五冊が詰められてあった。どの教科もサイズは同じでＢ５用紙くらい。厚みは二センチほど。紙質も良かった。

「すごい！　確かにメリーでマーベラスで私にぴったりかも」

鈴穂の表情が思わずほころぶ。小学生から高校生くらいに見える男の子四人と女の子一人のアニメ風キャライラストが、一教科につき一人ずつ表表紙に描かれていたのだ。

鈴穂は一番上に乗せられていたＢ５用紙一枚分の説明書も確認してみる。

　２頭身くらいにデフォルメされた、八歳くらいに見えるサンタコスプレなショタキャラのカラーイラストが描かれており、ふきだしに丸っこくかわいらしい文字でこんなことが書かれてあった。

「ＢＬ好き、百合好き女子高生共に必見！　苦痛な勉強が娯楽に変わっちゃう、萌えキャライラスト付き女子高生乙女用学習テキストもう開いてくれたかな？　キミの家庭学習を手厚くサポートしてくれるのは、当ページに掲載されているこの五人の美男美女達。キミの通う高校の先生と同じように、教科毎に違うタイプの美男美女達がレクチャーしてくれるというわけなのだ。この個性的な五人の美男美女講師達といっしょに楽しみながら勉強しよう。偏差値五〇未満のキミも、今から始めれば東大現役合格も夢じゃない。新学習指導要領、３Ｄにも対応だよ♪」

　説明文を鈴穂がやや早口調で読み上げると、　

「男キャラは男の娘っぽいショタからＳっぽいお兄さんまで揃ってるし、女の子キャラも清楚な和風のお姉様って感じでかわいいし。キャラデザもすごくいい！　そこらの参考書より、ずっと役に立ちそう。キャラデザもすごく良いな。キャラクターデザイン＆テキスト監修、学力賛太。あのおじさん、自称と同じペンネーム使ってるんだね」

　顔をぐぐっと近づけ興奮気味に呟く。最初に英語のテキストを捲ってみた。

「おう！」

　思わず感激の声を漏らす。一ページ目に、英語に対応するキャラクターの全身カラーイラストと簡単なプロフィールが載せられていたのだ。

「この栗巣キャロルっていうクリスマスキャロルみたいなキャラ名のカッコかわいい男の子が、解説してくれるというわけね。これはかなり期待出来そう」

　わくわくしながら次以降のページをパラパラ捲ってみる。

「あれれ？　どうなってるの？」

鈴穂は目を疑った。要点のまとめや練習問題が載っているのかと思いきや、何も書かれていなかったのだ。

「こっちは……」

　続いて社会科のテキストを捲って確認してみる。これも表紙と最初のページにキャラクターイラストとプロフィールが載せられているだけで、あとは白紙だった。

「……どれも、真っ白だ」

全教科分捲ってみて、鈴穂はさらに目を疑った。

「騙したなぁ、あのおじさん。表紙詐欺じゃないっ！」

　当然のように落胆し、がっかり気分で英語のテキストをパラパラと捲っていたその時、予期せぬ出来事が――。

「あっ、あのう」

　どこからか、聞きなれぬ男の子の声が聞こえて来たのだ。

「なに？　今の声」

　鈴穂は不思議に思い、周囲をきょろきょろ見渡す。

耳元で聞こえた気がするんだけど、誰もいないよね？

　少しドキッとしながらそう思った直後、

「うっ、うひゃわぁぁぁっ！」

　鈴穂はあっと驚き、口を縦に大きく開けて、絶叫した。

　突如、英語のテキストの中から、飛び出して来たのだ。

服装は『Ｍｅｒｒｙ　Ｃｈｒｉｓｔｍａｓ！』とホワイトロゴプリントされた赤色Ｖネックシャツに、デニムのジーパンという組み合わせ。マロン色なナチュラルショートヘア、つぶらなグレーの瞳。背はやや高めで、一七〇センチ台半ばくらいあるように見えた男の子が――。　

イラストそっくりだった。紙上に描かれた人間の男の子が飛び出してくるという、物理現象を完全無視した出来事が今しがた鈴穂の目の前で起こったというわけだ。

「グッイーブニン、ナイストゥーミートゥ。ボク、スズホちゃんに英語を指導することになった、栗巣キャロルだよ。アイムフロムインジィイングリッシュテキスト、リトゥンバイガクリョクサンタ。スズホちゃんと同級生、十年生だよ。アイムフィフティーンイヤーズオールド。マイファザーがアメリカン、マイマザーがジャパニーズなハーフなんだ。ボク達といっしょに勉強頑張ろうね♪」　

　その男の子はキャロルと名乗りぺこりと頭を下げ、微妙な発音の英語も交えて挨拶した。そのあと鈴穂の手を握り締めて来た。

「……」　

　鈴穂の口は、顎が外れそうなくらいパカリと開かれていた。

「Ｏｈ，スズホちゃん、ａ（ア）を発音する上でベストな口の形だね。Ｖｅｒｙ　ｇｏｏｄ！」

　そんな姿を見て、キャロルは嬉しそうににこにこ微笑む。

　続いて、国語のテキストが自動的に開かれた。

そして中から今度は女の子が――。

「こんばんは、播本鈴穂さん。この度は飛び出す萌え教材高校講座乙女用をお受け取り下さり、誠にありがとうございました。わらわは現国と古典を担当させていただく、新玉睦月（あらたま　むつき）と申します。中学二年生です。今後、末永くよろしくお願い致します」

　江戸時代の町人娘を思わせる地味な着物姿だった。黒縁の丸眼鏡をかけ、濡れ羽色の髪を撫子の花簪で飾り、背丈は一五〇センチをちょっと超えるくらい。鈴穂に向かって丁重に深々と頭を下げ、おっとりとした口調で挨拶して来た。

さらにもう一冊、社会科のテキストからも。

「はじめまして鈴穂君、おれさま、社会科担当の長宗我部・ニコライ・怜央（れお）。高校二年生、グレゴリオ暦換算で十七歳だ。分からないことや悩み事があったら、遠慮せずに何でも相談してくれよ。このメスブタ」

　この男の子の背丈は一八〇センチくらい。小麦色の肌、面長でつぶらな鳶色の瞳、ほんのり栗色な髪を肩の辺りまで下ろし、ロシアの民族衣装『ルバシカ』と、スコットランドの民族衣装なタータン柄スカート『キルト』を身に纏っていた。

「えっ、あっ、どっ、どうも。わっ、私、とうとうアニメの世界と現実の世界との区別が付かなくなっちゃったのかな？」

　鈴穂は当然のように戸惑う。

「夢じゃないよ。現実なのだ」

「実数の世界だよ」

　背後からまた聞きなれぬ二人の男の子の声がした。

「オレっち、理科担当の樅木剛流磁（もみのき　ごるじ）だよ。物理・化学・生物・地学、どの選択科目でもオレっちにお任せあれ。中学一年生、十二歳。よろしくね♪　スズホルマリン」

　この子は銀色の髪を螺旋状に巻いていた。四角顔でネコのように縦長な瞳、背丈は鈴穂よりちょっと低め。ポインセチアの葉っぱで恥部を覆っただけの非常に露出度の高い姿だった。

「数学担当の、四分一理密図（しぶんいち　りみっと）です。小学四年生、十歳です。これからよろしくね、鈴穂お姉ちゃん」

　こちらの子は坊ちゃん刈りにしたクリーム色の髪を、松ぼっくりとパイナップルとひまわりの花、合わせて三つのチャームを付けたダブルりぼんで飾っていた。丸っこいお顔とくりくりした瞳。背丈は一三〇センチあるかないか。なんと、全裸だった。

「うひゃっ！　お○んちん丸見え」

　振り返った鈴穂はそんな二人のあられもない身なりを目にし、反射的にのけぞる。さらに目を覆った。

「こらっ、剛流磁君、理密図君、受講生の鈴穂君はエリクソンとかいう野郎のライフサイクル論によると青年期のメスブタなんだから、そんなはしたない格好で現れちゃダメだろ！　おう、ちょうど都合良くいいのがあったぜ」

　怜央が注意した。そして彼は、学習机備え付け本棚に並べられてあった、鈴穂が学校で使っている地図帳を手に取りパラパラッと捲る。

続いて、開かれたページに手を添えると、なんと波打つ水面のように揺らいだのだ。

　三秒ほどのち、怜央は何かを掴み上げた。

「これを着ろ」

「分かった。裸子植物風に登場してみたけど、被子植物風になるよ」

「きれいな模様だね。この部分の面積はどれくらいかな？」　　

　剛流磁と理密図に投げ渡す。この二人は素直に従ってくれた。

怜央が先ほど取り出した物の正体は、ベトナムの民族衣装『アオザイ』だった。色は純白で花柄の刺繍も施されていた。

なっ、なんでこんなことが、起こってるの？

　鈴穂は目の前で次々と起こった超常現象にただただ唖然とするばかり。

「絶対、夢だよね？」

　とりあえず右手をゆっくりと自分のほっぺたへ動かし、ぎゅーっと強くつねってみる。

「いったぁーぃ！」

　痛かった。

　現実、だったようだ。

「嘘でしょ？」

　まだ鈴穂は、今の状況を信じられなかった。

「どうしたの鈴穂？　さっきから騒ぎ回って」

　ガチャリと部屋の扉が開かれる。母が入り込んで来たわけだ。

「マッ、マッ、ママ！　さっ、さっき、今日届いた教材の中から、おっ、おっ、男の子と女の子が、合わせて五人、飛び出して、来たのっ！　ほらここにっ……あっ、あれ？」

鈴穂は強張った表情で伝えたものの、

「誰もおらへんやないの」

母にきょとんとした表情で突っ込まれてしまう。

「いや、さっきいたんだけど、おかしいな」

　鈴穂は訝しげな表情を浮かべた。

「鈴穂ったら、とうとうマンガやアニメの世界と現実の世界との区別が付かなくなったのね。またＢＬか百合っぽいエッチそうなマンガ五冊も買うて。必死になって勉強せな、あかんやないのっ！」

「ママ、これはマンガじゃないって！　歴とした高校生向けの学習教材なんよ！　最近は表紙や中身にかわいい女の子の絵が描かれた学習教材も増えて来てるんよ」

　鈴穂は母の目を見つめながら強く主張する。

「そうなの？」

　母は再びきょとんとなった。

「表紙に教科名も書いてあるでしょ」

　鈴穂は迷惑そうに主張する。

「あらほんまやね。せやけどこんな変な教材、成績アップに役立つのかしらねぇ？」

「絶対役立つって！」

「母さんは余計下がってまうと思うわ～。それより鈴穂、夕飯出来たからはよお食べ」

　母はため息まじりにそう告げて、部屋から出て行った。

やっぱ、気のせい、だよねー？

　鈴穂はハハハッと笑う。

　次の瞬間、

「あのお方が、鈴穂さんの垂乳根ですね」

　国語のテキストから、睦月がぴょこっとお顔を出した。

「うひぁぁぁっ！」

　鈴穂は反射的に仰け反る。

「また驚かせて申し訳ありません。というか、こんなに驚くとは思いませんでした」

　睦月はてへりと笑ったのち、全身を出して直立姿勢になった。

「驚くに決まってるでしょ」

　鈴穂は困惑顔でごもっともな意見を述べた。

　他の四人もまた飛び出てくる。

「お部屋の様子を見て、スズホちゃんは本当にＢＬ・乙女・百合・萌え系のアニメが大好きなガールなんだなぁってｊｕｄｇｍｅｎｔしたんだ。これならボク達がテキストから飛び出して、三次元化する。というｐｈｅｎｏｍｅｎｏｎを起こしてもごく普通に受け入れてくれるかなぁと思って♪」

　キャロルは爽やかスマイルで楽しげに伝えた。

「鈴穂さんの垂乳根は、常識的なお方のようですし、わらわ達の姿を見たら腰を抜かすかと思いまして、とっさに隠れました」

「私だって相当驚いたよ」

「スズホちゃん、ボク達の広告に３Ｄにも対応って説明があったでしょ？」

「いや、それって、特殊な眼鏡をかけて、最近では裸眼でも見えるやつもあるけど、実際は平面上にある映像や絵が立体的に見えるやつのことでしょ」

「鈴穂さん、それは前世紀的な発想ですよ。今や３Ｄというのは、二次元平面上に描かれたイラストが質感と触感と重量感と香りを伴って実際に飛び出してくるものなのです。鈴穂さん若いのにお年寄り風な考え方ですね」

　江戸時代風な格好をした睦月にくすっと微笑まれ指摘され、

「私の考えは、間違ってないと思うんだけど……」

　鈴穂は困惑顔だ。

「まあまあスズホルマリン、素粒子の世界じゃ日常生活では起こり得ない現象がしょっちゅう起きてるんだし、素直に受け入れなよ」

「鈴穂お姉ちゃん、二次元が三次元になることは、Ｚ軸座標が増えたってことだよ」

　剛流磁と理密図はにっこり笑顔で言った。

「受け入れろと言われても……ていうか、この教材を発明したあのサンタのおじさん凄過ぎでしょ」

「そりゃあ東大卒業生だからな」

「あのおじさん、東大卒だったの！！　見かけによらず。まさに東大生の発明品って感じだね」

　怜央から伝えられたことに、鈴穂はあっと驚く。

「賛太さんは生まれてからずっと田園調布在住ですよ」

睦月が説明を加える。

「ってことは、わざわざ関西まで遠征してくれたってわけかぁ」

　鈴穂はあのおじさんに対する尊敬度がさらに高まったようだ。

「スポーツが得意とか、容姿が良いことよりも遥かに、学力が高い人の方が女の子達からモテる、学力ジングルベル王国からやって来たって自称してたけどな。ちなみに公立中学、それなりの都立進学高出身、理Ⅰ現役合格みてえだ。中学受験ではお母様の勧めで開成を受けたらしいけど、失敗したって言ってたぜ」

「這い上がり型かぁ。あのおじさん、そんな経歴で東大受験成功させてるんだね。この教材、ますます信頼出来そうだ」

「褒めてくれてＴｈａｎｋ　ｙｏｕ．ボク達みんなファミリーネームは違うけど、設定上は五人兄弟姉妹だってデベロッパーのサンタくんはウザいくらい熱く語ってたよ。ペンネームだからヒズリアルネームはボクも知らないけどね」

　キャロルはにこにこ顔で語る。　

「マーチ以下はＦランが口癖で、大学入試改革に猛反対している賛太さんは東大生時代、大手予備校が主催する中高浪人生対象の模擬試験の採点アルバイトをしていたそうです。そのさい、成績不振な中高浪人生達に、勉強することの面白さをもっと知ってもらいたいなとしみじみ感じたそうです。そこで、萌えキャラ達と楽しく学べる教材を作ろうと、あるクリスマスイブの日、一人でアキバ巡りをしていた時にふと思い立ったそうです。しかしながら、ただ平面上に描かれた二次元キャラが解説するというやり方では、既存の教材でも使われていた手法なので、賛太さんはさらにそれを発展させ、二次元キャラを三次元化させようと考えたそうです。本当はわらわのような美少女キャラだけを描きたかったそうですが、女子高生に購入してもらいたかったので男性キャラがメインのものにしたそうですよ。キャラクターを五人にしようと思った理由は、主要五教科の数と同じということもありますが、賛太さんが当時嵌っていて、また、東大を目指すきっかけとなった少年漫画のヒロインの数に倣ったということもあるようです」

　睦月は伝聞表現を何度か用いて、この教材が生まれるに至った経緯を長々と話す。

「私も二次元美男子キャラが飛び出してこないかなぁって空想しちゃうことはたまにあるけど、そんなこと絶対起こり得ないって分かり切ってるよ」

　鈴穂はアニメの世界と現実との区別がきちんと付いていることをアピールする。

「賛太君は東大在学中に二次元キャラ三次元化計画を実現させるつもりだったんだが、上手くいかなかったから卒業後も諦めずにその研究に専念したらしいぜ」

　今度は怜央が説明した。

「すごい探究心だね。私には絶対真似出来ないよ」

「賛太君は計画実現のために情報科学、数学、電磁気学、量子力学、特殊相対性理論、生命科学、人間科学、心理学、音声学、その他様々な学問をたった一人で自室に引き篭もって日夜研究し、去年の五月、ついにおれさま達を三次元化させることに成功したってわけさ」

「……てっ、天才過ぎる！　二次元キャラを三次元化させるって、普通そんなこと、どう頑張っても実現出来ないでしょ」

「それが出来ちまったんだから、そう突っ込まれると反応に困っちゃうぜ。完成後、賛太君はさっそくホームページを作成し、通信販売を開始したんだが、ホームページ自体を見つけてくれるやつもほとんど現れなくて、魅力が無かったのかスルーされ続けられちまったんだ」

　唖然とする鈴穂に、怜央はさらに説明を続ける。

「この教材、販売当初のプライスは一億円、つまりワンハンドレッドミリオン円だったんだよ」

「ええええええええっ！！」

　キャロルから聞かされ、鈴穂はびっくり仰天する。

「あまりに売れないので、清水の舞台から飛び降りるつもりで、アニメ好きでロリ系で純真無垢で大人しそうな女子高生に無料配布することに決めたのだそうです。そのようなお子さんを持つ、芦屋の六麓荘か、東京の田園調布にお住まいの教育ママさんなら、販売当初の価格でもご購入していただけるかと賛太さんは想定しておられたようでして」

「いやいやいや、あり得ないから」

　睦月の説明に、鈴穂はすかさず突っ込んだ。

「かわいい女の子やカッコかわいい男の子キャラがいっぱい出てくるコミックやアニメやゲーム、ラノベ、同人誌のせいで成績が下がった女子高生にぴったりの教材だよってサンタくんは自信満々に言ってたよ」

「まさに、私のことだな。ところでそのおじさん、職業は研究者か大学教授かな？」

「東大大学院修士課程修了後はずっとニートだぜ」

　怜央は即答した。

「その用語、この間の中間テスト現社の問題で出てたよ。定義を説明せよって。Ｎｏｔ　ｉｎ　Ｅｄｕｃａｔｉｏｎ，Ｅｍｐｌｏｙｍｅｎｔ　ｏｒ　Ｔｒａｉｎｉｎｇの略だっけ？　私、その問題はちゃんと当たってたよ。それにしても、才能の無駄遣いだね。東大出て、それだけノーベル賞級のもの凄い功績を作りながら、どうしてそうなっちゃったの？」

　鈴穂はかなり不思議に思ったようだ。

「昨今じゃたとえ東大大学院卒といえども、コミュニケーション能力、リーダーシップ、協調性というものが欠けていては、就職が上手く行かねえみてえだ。引き篭もって日夜一人で研究に勤しんでいるような人は敬遠されちまうんだと、賛太君はおれさま達が鈴穂君ちへ向けて旅立つ前日、二〇畳の自室に篭ってア○カツのブルーレイを熱心に視聴しながら語ってたぜ」

　怜央は呆れ顔で説明する。

「例えば鈴穂さんのクラスにも、お勉強はとても良く出来るけど、お友達はほとんどいないお方が一人くらいはおられるでしょう？」

「……あっ、確かに」

　睦月に問われると、鈴穂の伸実以外の親友の一人のことがすぐに浮かんでしまった。

「そういう子が将来、高学歴未婚ニートになりやすいみてえだ」

　怜央は説明する。

あの子も、十年後にそうなっちゃいそうな予感が……。

　鈴穂は少し心配になったようだ。

「それに、賛太君はすでに三十路を迎えられているから、年齢的に就職は厳しいとか言ってたぜ」

　怜央はさらりと言う。

「社会は厳しいんだね」

　鈴穂は深く同情するように呟いた。

直後に、

「鈴穂ぉー、いい加減夕飯食べやぁー。冷めてまうやろっ！」

　母にまた扉を開けられた。　

「わっ、分かった」

　鈴穂はビクッと反応し、周囲を見渡す。

　またもみんな姿を消していた。

やっぱ、夢なのかな？

　鈴穂は首をかしげながら電気を消して部屋を出て、ダイニングへと向かっていった。

「鈴穂、新しく買った一風変わった参考書に熱中してたみたいだな」

　父は楽しそうに微笑む。

「うん、まあね」

　鈴穂は苦笑いでこう答え、

絶対私の見間違えだよね？

　心の中でこう確信して椅子に腰掛けた。

「その参考書上手く活用すれば、鈴穂も父さんみたいに現役で阪大受かるかもな」

父は上機嫌で高野豆腐を頬張りながらそんな期待を抱く。七三分けで眼鏡をかけ、痩せ型。見た目通りの気弱な性格で、鈴穂のオタク趣味もジャ○ーズやＥ○ＩＬＥなんかに嵌るよりは健全だろうってことで快く容認してくれている寛容で心優しいパパだ。頼りない感じはするけれど、私立中高一貫校の理科教師を勤めていて、生徒や同僚の先生方から高い好感と厚い信頼を集めているみたい。

鈴穂は、夕食後は自室には戻らずまっすぐお風呂場へ。

洗面所兼脱衣場で服を脱ぐと、ハンドタオルを手に取って、いつもと変わらず恥部は隠さずにすっぽんぽんで浴室に入る。続いて風呂椅子に腰掛けて、シャンプーを押し出した。

　髪の毛をゴシゴシ擦っている最中だった。

「やっほースズホルマリン♪」　

　突然そんな声がしたと思ったら、湯船がバシャァァァーッと飛沫を上げ、中から剛流磁が飛び出して来たのだ。

「どっひゃぁぁぁぁぁぁぁーっ！」

　鈴穂はびっくりして思わず仰け反る。もう少しで後ろのタイル壁に後頭部をぶつけるところだった。

「遊びに来ちゃった♪」

　剛流磁は舌をぺろりと出して、てへっと笑う。

「もう、剛流磁くんのエッチ。ていうか、どうやって、入って来たの？」

　鈴穂は当然のように驚き顔だ。

「空気中、およそ二〇パーセントを占める酸素に変身してここまで浮遊して来たあと、お湯の中に溶け込んでたのだ」

「そっ、そんな能力まで、使えるの？」

　鈴穂は目を大きく見開く。

「うん！　主要五教科五人の中で変身能力を使えるのは、理科のこのオレっちだけなんだよ。えっへん！」

　剛流磁は自慢げに、嬉しそうに答える。

「そっ、そうなんだ……っていうか、せめてお○んちんは隠したら」

　鈴穂は剛流磁のあの部分をばっちり見てしまい、照れ笑いしつつ手で目を覆う。

「スズホルマリン、オレっち、中一だけどまだ毛が生えてないお子様体型だから全然問題ないでしょ？」

「いやぁ、でも、ちょっと、困るな」

「スズホルマリン照れ屋さんだな。じゃあこうするよ。スズホルマリン、手ぬぐいであそこ隠したから手をのけてみて」

「ほっ、本当？」

　言われるままに、鈴穂は手をゆっくりと目から離した。

　本当に手ぬぐいが剛流磁のあの部分を隠すようにしっかりと巻かれていた。

「どう？　似合う？」

「うっ、うん。それより、どうやって一瞬で？」

「さっきはオレっちの体の一部を手ぬぐいの素材、ポリエステル繊維に変化させたのだ」

「そっ、そういうことかぁ」

「酸素に変身したのもそうだけど、普通はこんなこと化学的に起り得ないでしょ。でもオレっち、物質の化学的性質とか質量保存の法則とかは完全無視して自由自在に変身出来るという設定になってるから。オレっち、当然のようにこんなのにも変身出来るのだ」

　そう告げると剛流磁はパッと姿を消して、一辺の長さ三センチくらいの立方体の形をした銀白色の物体へと変化した。そのまま重力に逆らえず湯船の中にポチャンと落下する。

　飛沫を上げた次の瞬間、

　バチバチバチッ、ポーンッ！　と破裂音を立て湯船から火花も上がった。

「うひゃぁぁぁーっ！」

　鈴穂はさっき以上に大きく仰け反る。

　――ゴツンッ！

「いったぁぁぁいーっ」

　後頭部を後ろ壁にぶつけてしまった。

「金属ナトリウムに変身してみたよ♪　ナトリウムは原子番号１１の、体心立方格子構造を持つアルカリ金属元素でＫ殻に２個、Ｌ殻に８個、Ｍ殻に１個の電子があり、イオン化傾向が大きく、電子配置は【１ｓ２、２ｓ２、２ｐ６、３ｓ１】、炎色反応は黄色を示し、水と激しく反応し水素を発生させる性質を持ってるのだ。勉強になったでしょ？」

　剛流磁は再び元の姿に戻った。

「……ってことは、湯船の中、今、水酸化ナトリウム水溶液になってるんじゃないの？」

「ご名答。ちなみに化学反応式は２Ｎａ　＋　２Ｈ２０　→２ＮａＯＨ　＋　Ｈ２だよ。浸かったらお肌ぬるぬるになるぜ」

　剛流磁は無邪気な笑顔で解説する。

「ご名答じゃないよ、危なくて入れないでしょ」

　鈴穂はかなり困惑した表情を浮かべる。

「変身した量は少なかったし、そんなに濃度は高くないから安全性にはほとんど問題ないんだけどね。スズホルマリン気になってるようだから元の状態に戻しておくね」

　そう言うと、剛流磁はその水溶液の中にドボォォォーンッと飛び込み瞬く間に姿を消した。

「鈴穂、やけに騒がしいけど何かあったの？」

　母が浴室扉のすぐそばまで迫ってくる。

「なっ、なんでもないよ」

　鈴穂は慌てて返事した。

「鈴穂、今日帰ってから何か変よ」

　母はそう不思議そうに告げて、リビングへと戻っていく。

「スズホルマリン、中和しておいたぜ」

　剛流磁はまたさっきの姿へ。

「うわっ」

　鈴穂は少しだけ驚く。

「スズホルマリン、さっきオレっち、どんな物質に変身したと思う？」

「分かるはずないでしょ」

「化学式ＨＣｌの塩酸だぜ。ＮａＯＨ　＋　ＨＣｌ　→　ＮａＣｌ　＋　Ｈ２０の化学反応式で表されるのだ。中学でも習ったでしょ？　中和反応における基礎中の基礎知識だからちゃんと覚えておかなきゃダメだぞ」

「……わっ、分かった」

「スズホルマリンの本名の鈴穂って、スルホンに近い名前だから親しみやすいよ」

「スルホンって、何？」

「一般式Ｒ‐ＳＯ２‐Ｒ´で示される化合物の総称なのだ。‐ＳＯ２‐はスルホ基からヒドロキシル基を取り除いたスルホニル基で、ＲとＲ´はアルキル基またはアリール基だよ。スルフィドを酸化することによって、スルホキシドを経由して合成されるぜ。ちなみにベンゼンを濃硫酸と共に熱するとベンゼンスルホン酸Ｃ６Ｈ５‐ＳＯ３Ｈが出来るよ。強酸であるスルホン酸を生じる反応をスルホン化というのだ」

「そんなのもあるんだね。難しそう」

「有機化学分野で習うぜ。ところでスズホルマリンって、月一回程度、数日に渡って血液が子宮から体外に排出される三次元世界のヒトのメスで言うアノ日はもう来たのかな？」

　剛流磁はにこにこ顔で、鈴穂のすっぽんぽん姿をじーっと眺めながら楽しそうに質問してくる。

「もう、剛流磁くん、男の子が女の子にそういうこと聞くのはとっても失礼よ」

　鈴穂は照れ笑いし、剛流磁の頭をぺチンッと叩いておいた。

「すまん、すまん。まあ気にするな。オレっちだって精通まだ来てねえから」

　剛流磁はにやけ顔だ。

「剛流磁くん、私、中三の終わり頃に初めての来たからね」

　鈴穂は頬をちょっぴり赤らませ、ふくれっ面で打ち明けた。

「そうだったのか。こりゃ失礼。そんじゃあスズホルマリン、オレっち、先にスズホルマリンのお部屋に戻っておくね」

　剛流磁はそう告げてウィンクし、またもパッと姿を消した。

気体の酸素に変身したのかな？

と鈴穂は推測した。

このお湯、本当に、大丈夫なのかな？

　恐る恐る、湯船に手を突っ込んでみる。

　いつもの湯加減と変わりなかった。確かに元通りになっていた。

　鈴穂は安心して洗面器にこのお湯を掬い、頭を洗い流す。

　そのさい、鈴穂の舌にお湯がわずかにかかった。

なんか、少ししょっぱぁい。

　鈴穂は少し顔をしかめる。化学反応によって生成された食塩がちょっぴり含まれていたのだ。

もう一度、冷静に考えてみよう。さっき起きたことって、本当に、現実なの？　あり得ないでしょ。男の子と女の子が、テキストから飛び出して来たなんて。

　風呂から上がった鈴穂は脱衣場でパジャマに着替えながら、思い直してみる。

いるわけ、ないよね？

　二階に上がり、恐る恐る、部屋の扉を開けてみた。

「おかえりスズホルマリン」

「鈴穂君、メスブタ臭かった体が少しはマシになったな」

「鈴穂さん、入浴時間から推測すると、烏の行水ではなかったようですね」

「鈴穂お姉ちゃん、ちゃんと百まで数えた？」

「スズホちゃん、入浴するは英語でｔａｋｅ　ａ　ｂａｔｈだよ」

　いた。

　さっきの五人が――彼らの姿が、しっかりと鈴穂の目に映った。

　消していったはずの電気もついていた。

「……あの、私、今日は疲れてるみたいだから、もう寝るね」

鈴穂は教材キャラ達に向かってこう伝えると電気を消してベッドに上がり、布団にしっかりと潜り込んだ。

「ありゃまっ、もう睡眠状態に入るの？　スズホルマリン」

「ぼく、鈴穂お姉ちゃんともっとお話したいのに。でもぼくももう眠いし、寝よう。おやすみ、鈴穂お姉ちゃん」　

「鈴穂君、おれさま達が三次元化したせいで、急な環境変化に順応出来ず体調崩しちまったのか？」

「そうかもしれませんよ、怜央さん。今宵はゆっくり寝させてあげましょう」

「スズホちゃん、明日からは本格的に家庭学習指導していくよ。グッナイ！」

　こうして教材キャラ達は、それぞれの教科に対応するテキストの中へと飛び込んでいった。

……あれは、幻覚に違いないわ。

　鈴穂はそう思い込むことにした。

　　　　　☆

真夜中、三時頃。

「ねーえ、鈴穂お姉ちゃぁん」

　どこからか、とろけるような声が聞こえてくる。

「――っ」

　鈴穂はハッと目を覚まし、ガバッと上体を起こした。

「ん？」

　瞬間、鈴穂は妙な気分を味わう。左腕に、何か違和感があったのだ。

「鈴穂お姉ちゃぁん」

「この、声は？」

　鈴穂は恐る恐るゆっくりと、顔を横に向けてみた。

「うひゃぁっ！」

　思わず声を漏らす。彼女のすぐ隣、しかも同じベッド同じ布団の中に、理密図がいたのだ。

「おしっこしたいから、付いて来て、お願ぁい」

　頬を赤らめて、鈴穂の左袖を引っ張りながら照れくさそうに要求してくる。

「あっ、あっ、あの……」

　私は今、夢を見ているんだ。きっとそぅだ、それ以外あり得ないでしょ。

　鈴穂は自分自身にこう言い聞かせる。

「鈴穂お姉ちゃぁん、ぼく、オーバーフローして漏れそう。もう我慢出来ないぃぃぃ」

　理密図は今にも泣き出しそうな表情になり、全身をプルプル震わせた。

これは夢だ、これは夢だ、夢に違いないって。

　けれども鈴穂は無視することに決めた。心の中でこう呟いて、再び布団に潜り込む。

　ほどなく彼女は二度目の眠りに付いた。

　　　　　　☆　　☆　　☆

朝、七時四〇分頃。

「うひゃあああああああーっ！　うっ、嘘でしょ」

　萌えショタキャライラスト入り目覚まし時計の、とろけるようなボイスアラームと共に目覚めた鈴穂は、起き上がった直後に絶叫した。

　布団とシーツが、おしっこまみれになっていたのだ。

「こっ、これって……」

　鈴穂は布団とシーツを見下ろす。彼女の着ているパジャマも、おしっこまみれだった。ちょうどズボンの前の部分が黄色いシミになっていた。もちろんにおいも併せて漂う。

どう処理しよう。

　冷や汗を流し、深刻そうな表情で悩んでいたその時、

「鈴穂、どうしたの？　朝からご近所迷惑な大声出して」

「うわっ！　マッ、マッ、ママッ！」

　折悪しく、扉が開かれ母が入り込んで来た。

「ん？　何これ？　鈴穂、ひょっとして、おねしょしたのぉ？」

　母は鈴穂のパジャマズボンの前側をじーっと見つめながら、にこやかな表情で問い詰めてくる。

「ちっ、違う！　断じて違うのママ。これは、真夜中に、小学生の男の子が私の布団に入り込んで来てそれで、その……」

　鈴穂は必死に言い訳しようとする。

「鈴穂、アニメの世界と現実の世界を混合するんじゃないの」

　母はくすっと笑った。

「ほっ、本当なんだって。その、あの教材の中から、飛び出して来て」

　鈴穂は床の上に置かれたそれを指差しながら訴えてみた。

「はいはい、メルヘンチックなこと言ってないではよ着替えなさい。伸実ちゃんもうすぐ来ちゃうわよ」

　けれどもやはり無駄だった。母はにやにや笑いながら命令してくる。

「信じてよぉー」

鈴穂は悲しげな表情を浮かべながらパジャマを脱ぎ、下着も替えた。そして制服に着替え始める。

「それ、貸しなさい」

「いいって、私が持っていくから」

「まあまあ鈴穂、恥ずかしがらずに」

「あっ！」

　あっという間に、パジャマ一式と下着を奪われてしまった。

「早めに洗濯しなきゃ、汚れが落ちにくくなるでしょ」

　母は部屋から出て、意気揚々と階段を下りていく。

　今、時刻は七時四七分。

まだ大丈夫ね。

　鈴穂がそう思った直後、ピンポーン♪　と玄関チャイムが鳴ってしまった。

「おはようございまーす、鈴穂ちゃん、おば様。今日は昨晩お祖母ちゃんちから届いたお野菜果物詰め合わせをお裾分けするため、少し早めに来ちゃいました♪　水羊羹もありますよ」

いつもより十分ほど早く伸実が迎えに来てくれたのだ。しかも伸実が玄関扉を開けたのと、母が階段を降り切って玄関前に差し掛かったのとが同じタイミングだった。

「おはよう伸実ちゃん、今朝鈴穂ね。おねしょしちゃったのよ。これ見て♪」

　母は嬉しそうに、伸実の目の前に黄色く変色し特有のにおいも漂わせていた鈴穂のパジャマをかざした。

「あらまぁ」

　伸実は段ボール箱を両手に抱えたままやや前かがみになり、興味深そうにそれをじっーと見つめる。　

「わああああああああーんっ、えっ、冤罪よぉーっ！」

　鈴穂は半袖ポロシャツに首と袖を通しつつ、慌てて階段を駆け下りながら弁明する。

「鈴穂ちゃん、恥ずかしがらなくても。たまにはこういうことだってあるよ」

　伸実は柔和な顔でフォローしてあげた。

「あの、伸実ちゃぁん」

　知られてしまった鈴穂は、かなり沈んだ気分になる。

「鈴穂、はよ顔洗って朝ごはん食べて、学校行く準備しなさい」

　母は笑いながら命令する。

「わっ、分かったよ」

　鈴穂はしょんぼりとした気分で洗面所へ向かっていった。

「伸実ちゃん、鈴穂ったらね、表紙にカッコいい男の子とかわいらしい女の子のアニメ風の絵ぇが載っとる変な参考書ようさん買い集めとるんよ」

「おば様、わたしは変じゃないと思います。そういう系の参考書、わたしのお友達にも使ってる子いますよ」

「伸実ちゃんがそう言うんなら、まともな参考書なのかな？」

「はい、きっとそうです」

　母と伸実は引き続き会話を弾ます。

こんなことがあったためか、伸実と鈴穂は普段より三分ほど遅れて出発した。

今日は五月三十日、木曜日。制服は今週いっぱいまで移行期間だが、二人とも今週初めより冬用セーラー服から完全夏用の半袖ポロシャツ＆夏用セーラースカートに変えていた。ちなみに男子の冬服は学ランで、伝統校らしく制服は男女とも古めかしいのだ。

もし昨日の出来事が本当のことだったら、私はおねしょをしていない。もし夢の中の出来事だったなら、私はおねしょをしたことになっちゃうよぅ。どっちがいいの？　この場合。

　鈴穂は俯き加減で歩きながら葛藤する。

「あの、鈴穂ちゃん。元気出して。おねしょのことはもう忘れちゃおう」

　伸実に優しく励まされ、

「うん、そうだね」

鈴穂は穴があったら入りたい気分になった。

同じ頃、鈴穂のお部屋ではキャロル、理密図、怜央、睦月が三次元化して部屋の中央付近に集まっていた。剛流磁だけはまだ内で睡眠中だ。

「リミットくん、ｂｅｄｗｅｔｔｉｎｇしちゃったんだね」

「ごめんなさい。暗くて、おばけが出そうで、怖くて行けなかったんだ。鈴穂お姉ちゃんが帰って来たら謝らなくちゃ」　

　しゅーんとなっていた理密図の頭を、キャロルは優しくなでて慰めてあげた。

「理密図君、今夜からは、おれさまが付いていってやるよ」

「ありがとう、怜央お兄ちゃん。大好き♪」

　理密図は怜央の胸元にぎゅっと抱きついた。彼は弱虫で甘えん坊さんのようだ。

「寝小便を垂らしてわぶる理密図さん、いとらうたしです」

　睦月は我が子を見守るようにその様子を微笑ましく眺めていた。