第18話 超兵器バスターキャノン

 18.超兵器バスターキャノン



「う~~~~~~~っ…………」


 シュトゥットガルトの町に建てられた仮設の兵士宿舎で、椅子に座ったエダが貧乏ゆすりをしながら奇妙なうなり声を上げていた。


「さっきからうるさいぞエダ。お前がいくらジタバタしたところでジャクリーンたちが早く戻ってくるわけじゃないんだからじっとしてろよ」


「わかってるけどさぁ……」


 いつまでもごそごそと落ち着きがないエダに対し、アルバータは目を閉じて座禅を組むような格好で呼吸を整えている。同じように荒っぽい性格の二人ではあるが、幼い頃から様々な武術を学んでいる分だけ彼女は己の心を律する訓練ができているらしい。

 ルネをはじめとした他のメンバーも、みな同じ大部屋で手持ち無沙汰ぶさたにしていた。AMを整備するドックの隣にあった食堂を改装した建物なので、個人のパーソナルスペースになるような場所がないのだ。


「エダちゃん、少しは落ち着きなさい」


「だって少佐、ジャクリーンたちから連絡が来てもう十日ですよ? こうしてる間に敵が攻めてきたら……」


「いくらベース機体にユニットを取り付けるだけだからって、全員の分を量産するとなったら時間がかかるのも仕方ないわよ」


「でも……テストパイロットをやってたシャルロットやジョルジーヌはともかく、あたしたちは飛行訓練とかしてないんですよ。敵が来たギリギリのタイミングでサラマンダーが届いても、扱えなきゃ意味ないでしょう」


「大丈夫よ。そっぴーちゃんの話だと、サラマンダーは飛行速度が遅い分すごく扱いやすい機体だそうだから。ジョルジーヌさんたちなんか、初めて乗ってから二時間ほどで慣れたって」


「…………」


「まさかノースアメリカでトップエースのエダちゃんが、それぐらいのことができないなんて……言わないわよねぇ?」


 ルネがにっこりと笑いながらエダに詰め寄る。


「うっ……わ、分かりましたよ。やってみせます!」


 エダが半ばヤケクソ気味に答え、ようやく貧乏ゆすりをやめる。彼女のプライドを利用して苛立いらだちを忘れさせるルネの手口に、二人の会話を聞いていたみなが苦笑した。


「でも、敵の今までの侵攻ペースを考えればいつ来てもおかしくはないわね。ミュンヘンが陥落してからすでに六日が経ってるし……補給や周辺地域の制圧はすでに終わっているはず」


「…………」


 パイロットたちの間に再び重苦しい空気が流れる。それを打ち破ったのは、大きな音を立ててドアを開け放った通信兵だった。


「少佐、クリンバッハ城から通信です! 新型AMサラマンダーが完成、ソッピース主任をはじめギヌメール大尉たちがそれを届けるべくこちらに向かっているとの報告が入りました!」


「ついに来てくれたのね!」


「よしっ! 間に合ったか!」


 エダだけでなく、他のメンバーたちも飛び跳ねんばかりに喜んだ。これでようやく敵と互角に戦える目処めどがつく。


「じゃあ、私たちも予定通りプフォルツハイムへ向かいましょう。そこでそっぴーちゃんたちと合流するわよ」


「「「はいっ!」」」


 ルネの言葉を聞き、パイロットたちが慌ただしく出動準備をはじめた。




 プフォルツハイムというのはシュトゥットガルトの少し西、WEUとゲルマニアの国境を分ける山地の最北端にある町である。もしも敵がシュトゥットガルトに侵攻してきたときは、南の山から飛び立って出撃できるよう先日から滑走路が建造されていた。


「あれが滑走路か……なんかいかにも間に合わせって感じだけど、AMが乗っても大丈夫なのか?」


 プフォルツハイムに到着し、山の上にある滑走路を見上げたエダが思わずつぶやくく。


「文句を言うなエダ。わずか十日であれだけのものができただけでもおんの字だ」


 ラモーナはそう言うが、丸太を組み合わせただけの滑走路はいかにも頼りなく、エダが心配するのも無理はないクオリティだった。だがクリンバッハ城のような拠点を築くにはさすがに時間が足りないので、このように原始的なものにするしかなかったのだ。


「大丈夫ですよ。サラマンダーはフル装備のキャメルに比べれば半分ほどの重さしかありませんから。土台はしっかり組んであるみたいですし、あれで十分です」


 トマサが自身ありげに微笑みながら双眼鏡を覗き込む。滑走路の上ではすでにジョルジーヌが乗り込んだサラマンダーがスタンバイし、滑走路がちゃんと使えるかどうかのテスト準備に入っていた。


「ごめんねそっぴーちゃん、作業を急がせちゃって」


「いいえ、こちらこそ遅くなってすいません。サラマンダー自体の量産は一週間ほどで済んでたんですけど、敵の飛行船を破壊するための武器がどうしても思いつかなくて」


「飛行船を破壊する武器?」


「ええ、少佐やジャクリーンさんたちの話を聞くと、敵の飛行船は左右両弦の装甲がかなり厚いようでしたので……それを貫くための武器が必要になると思ったんです」


「でも、あまり重いものは搭載できないわよね?」


「はい、それでどうしたものかと悩んでたんですよ。威力を上げるには火薬を増やさないといけない。でも大型のミサイルなんかは積めない……その矛盾を解決できる武器がないか、昔の兵器からヒントを掴めないかと資料を漁ってたんです」


「それで……解決法はあったの?」


「もちろんです!」


 トマサがいつもの悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべてVサインを作る。


「アネットさんが昔の資料から飛行船を発見したように、私もちゃんと見つけましたよ。小型かつ軽量で、火薬を一切使わずに凄い威力を発揮する武器」


「そんなものがあるの?」


「それが……あったんですよね。電気が使えなくなる前までは使われてたそうなんですが、現代の戦いでも使えるレベルのものならすぐに復活させることができました。GETSのおかげで」


「電気を使う武器? それって……」


「まあ『百聞は一見にかず』です。すでにサラマンダーに搭載して、ジョルジーヌさんに試射をお願いしてありますので見てください」


 トマサがそう言うと同時に、ジョルジーヌの乗ったサラマンダーが滑走路を走り出した。軽量なだけあってキャメルよりもかなり速い。


「おお、凄いスピードだな。走る速度なら敵の新型AMにも負けてないぞ」


「最初はできるだけ勢いをつけないと失速して落ちちゃいますからね。翼で得られる揚力はあくまでサポートにすぎませんけど、安定した姿勢で離陸するためにも加速は重要です」


 サラマンダーが滑走路の端から飛び出し、同時にユニットから突き出たプロペラが回転しはじめる。するとサラマンダーはそのまま高度を落とすことなく安定飛行に入り、ふわりと大空に舞い上がった。


「「「おおー……」」」


 下で見ていたパイロットたちが同時に感心のため息を漏らす。トマサの言うとおり、離陸と同時に少しだけ高度の下がっていた敵のアルバトロスD.IIと違ってサラマンダーの離陸は実になめらかだ。

 優雅に飛んでいたサラマンダーはくるりと旋回すると、背中の飛行ユニット脇に取り付けられた筒のようなものを取り外し、滑走路から少し離れた山肌に向けた。長さや太さの比率は人間が野球のバットを脇に抱えたぐらいだろうか。


「さあ、見ていてくださいよ」


 トマサがそう口にした次の瞬間――


 ―― ずどんっ! ――


 重く低い音が辺りに響いた。

 見ていた者たちはそれを砲弾らしきものの発射音だと思った。実際に筒からは煙が噴き出したのだ。だが、発射音の大きさの割に着弾の音はいつまで経っても聞こえなかった。


「あれ? 不発だったのか?」


「いいえエダさん、ちゃんと発射されましたよ。大成功です」


「え?」


「さっきのは発射音じゃなくて着弾音です。あまりに弾が速すぎて、発射音と着弾音が同時に聞こえたんですよ」


「ええっ!?」


「よく見てください。草原の斜面がえぐれてそこだけ土の地面が見えてます」


 パイロットたちがトマサの指差すほうを見てみると、たしかに山の斜面に一部だけ土の地面があらわになっている部分があった。広範囲にわたって吹っ飛んでいるわけではないが、双眼鏡で覗いてみるとバスケットボールほどの黒い穴が深々と穿うがたれ、そこから煙が上がっている。


「ちょ、ちょっと待てよ。弾が飛んでいくのなんて全然見えなかったぞ」


「文字通りの超音速ですからね。あの距離なら発射音が聞こえた時点で弾は地面に突き刺さってたはずですよ」


「トマサちゃん、あれは一体なんなの?」


 ルネが真剣な顔でトマサに訊ねる。


「あれこそ旧世界の兵器『リニアキャノン』です。私は『バスターキャノン』と名付けましたけど」


「バスターキャノン?」


「GETSから発生した電気をコイルに流し、砲身内に仕込まれた磁石で一定方向への磁界を発生させて、超硬スチール製の弾を音速まで加速して撃ち出す……」


「いや、説明されても分かんねーから」


 アルバータが顔の前で手をぶんぶんと振る。彼女は元々頭の回るほうではないが、あまりに異次元の存在を目にして理解が追いつかないのだ。


「うーん、原理はモーターを動かすのと大して変わらないんですけどね。アルバータさん、分からない現象の理解を放棄していては進歩しませんよ?」


「大きなお世話だ!」


「とにかく、威力は見ていだたいたとおりです。重量物や爆発物をぶつけるのが無理なら、運動エネルギーそのものをぶつければいいという発想なんですが……あの弾速ならAMの装甲なんて紙のように貫けますよ」


「「「怖っ!」」」


 エダをはじめとしたほとんどのパイロットが両腕で胸を抱えるようにして身を震わせる。自分がそれを食らった場面を想像すれば、AMパイロットならば誰もが同じリアクションをするだろう。


「ただ一つ欠点があるとすれば、一発撃つと砲身が焼けただれて中の磁石もバラバラになっちゃうんですよね。もっと研究する時間があれば完璧なものを造れたかもしれないんですけど……」


「じゃあ、あれは基本的に使い捨ての武器ってことね」


「はい、飛行ユニットの左右に一門ずつ装備されているので、ここぞというときに使ってください。あれならミサイルと違って弾幕に撃ち落とされることなく、分厚い装甲も貫いて飛行船の動力部やプロペラ軸を破壊することができるはずです」


「分かったわ」


「そっぴーちゃん、ありがとー! あの飛行船を破壊できる手立てが見つかっただけでも凄く心強いよ」


 ウィルメッタがトマサに抱きつき、つきたての餅のように柔らかい胸を顔に押し付ける。だがトマサはそれを嫌がることもなく、彼女に対抗するかのようにありもしない胸を張っていた。


「ふふん、バスターキャノンだけじゃありませんよ。サラマンダー自体の性能だって敵の新型AMに負けていません。詳しい操作方法はジョルジーヌさんとシャルロットさんが教えてくれるので、みなさんサラマンダーに乗って滑走路に向かってください」


「よおっし! さっそく飛行訓練だ!」


 そして、アーサリンとウィルマを除く全員が新品のサラマンダーに乗り込み、山上の滑走路へと向かっていった。

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