第41話 反撃の銃火

 41.反撃の銃火



 インゴルスハイム基地の入口前に、五機のAMが並んでいた。アルバータ、ジョルジアナ、ロベルタとラモーナが乗るキャメル、そしてアーサリンのトライプだ。


「じゃあラモーナさん、今回のリーダーはお願いね」 


「はい」


「みんな分かってると思うけど、今回の出撃はあくまでガンブレラの実戦テストだから、飛行部隊相手にあまり無理はしないでね」


 まだ実戦に慣れていないアーサリンをあえて危険度の高い任務に連れて行くのは、少し前まで素人同然だった彼女でも空中の敵を撃つことができたなら、それがガンブレラの性能を示すなによりの証明になるという考えからだった。

 今回は防弾傘による防御力の向上が期待できるうえ、万が一アーサリンが窮地におちいった場合でも副隊長のラモーナがフォローするので備えは万全だ。


「ちゃんと分かってますって少佐。けど……もしもまたインメルマンのババァが出てきやがったら、今度こそ俺が地獄へ送ってやりますよ」


 先の戦いでインメルマンに倒され、クリスティーナを死なせてしまったことを未だに吹っ切れていないのか、アルバータは猛獣のような目つきで拳の骨をボキボキと鳴らしている。復讐に燃えるのはいいとしても、少しばかり入れ込みすぎなのが傍目はためにも明らかだ。


「…………アルバータちゃん、二十八歳がババァかどうか……出撃前にちょっと“お話”しましょうか?」


 ルネが仏のようなアルカイック・スマイルを崩さないまま、地獄の瘴気しょうきかと思われるようなドス黒いオーラを放つ。


「ひぃぃっ!? す、すいません!」


 ルネも来年で二十六歳、AMパイロットとしてはロートルの域に入る歳である。触れてはいけない話題に触れてしまったアルバータが、思わずラモーナの陰に隠れて身をすくめた。しかしそのおかげか、ヒートアップしすぎて暴走気味だったアルバータの頭はちょうどいい具合に冷えたらしい。もしかするとこれもルネなりの優しさであり、気遣いだったのかもしれない。


「それでは、出撃――」


「少佐! 大尉! あれを見てください!」


 ラモーナが出発の号令をかけようとしたそのとき、ジョルジアナが声を上げた。


「な、なんだ?」


 全員がジョルジアナの指差した方向を振り返る。

 そこに見えたのは、万が一に備えて一足先に哨戒しょいうかいに出ていたシャルロットが上げた狼煙のろしだった。飛行部隊の出撃を示す、青い狼煙である。


「くそっ、やつらも今日挑んでくるつもりだったのか! 後手に回っちまった!」


「やむを得ないわね。予定を変更して、出撃する戦力を増やします。ジョルジアナちゃん、宿舎へ行ってエダちゃんとフランチェスカちゃんを呼んできてちょうだい。ジャクリーンちゃんとシェリルちゃんには、ウィルマちゃんを起こして一緒に基地の守りに就くよう伝えて」


「了解しました」


「私も出るわ。そっぴーちゃんは私のスパッドをハンガーから下ろして」


「はいっ!」


 しっかりと準備を整えて出撃するはずだったのが、一転して慌ただしい出撃となった。



 元々出撃するはずだったメンバーにエダとフランチェスカ、さらにルネを加えた八機は、狼煙のろしの上がったクルプル方面へと進んでいた。引き返してくるシャルロットと合流すれば九機、これなら敵の部隊が総出そうでで出撃してきたとしても互角に戦える。

 インゴルスハイムのAM部隊は全機が新兵器であるガンブレラを携行し、肩に担いで走行していた。その姿はどこか優雅さを漂わせ、まるで花魁おいらん道中のように見えなくもない。その中でも、パールピンクに塗装されたアーサリンの機体は一際ひときわ目立っていた。


「それにしても……思い切った色に塗ったなあ。前から妙に度胸のあるやつだとは思ってたけど、さすがにそのカラーリングには敵も驚くだろうぜ」


 エダがケラケラと笑いながら、後ろを走っているアーサリンのトライプを可動式の新型アイカメラで振り返る。


「あはは……なるべくまとにされないように気をつけます」


 そんな気の抜けた会話をしていると、前方から土煙が上がっているのが見えた。


「少佐! すぐそこまで敵が迫っていますわ! 数は六機!」


 無線からシャルロットの声が聞こえた。

 ちょうどクリンバッハ城とインゴルスハイム基地の中間あたり、基地から四キロ強ほどの地点で引き返してきたシャルロットが合流した。クリスティーナのことがあって以来、哨戒しょうかいに出た者は敵の足止めよりも退却を優先するようルネが指示していたのだ。

 ルネやジョルジーヌもそうだが、大きな胸を持ちながら軽量のスパッドに乗るシャルロットは連合軍エース部隊の中でもトップクラスのスピードを誇る。敵が彼女を無理に追わなかったとはいえ、わずか三キロほどの距離で本隊と合流できたのは驚異的な速さと言っていい。だがゲルマニア軍のパイロットたちもまた、彼女に追いつく少し前から連合軍のAM部隊を視認していた。


「なんか似たようなのがゾロゾロと……ヘルミーネ、あれって一体なんだと思う?」


「まるで目覚まし時計の上についてるベルが走ってるみたいねぇ」


「ええー、私はなんかテントウムシの集団みたいで気持ち悪いわ。それに二機だけバカみたいに派手な色したのがいるんだけど……なんなのあいつら? まとになりたいの?」


 もちろんアーサリンのトライプとフランチェスカのニューポールXIのことだが、派手な色をしているのは自分たちも同じである。だがブリュンヒルデはそれをかえりみることもなく、好き勝手なことを言っていた。


「貴様ら、くだらんことをしゃべってないで敵の姿をよく見ろ。柄の付いた傘のようなものを機体に持たせている。おそらくあれで我々の銃撃から身を守ろうというのだ」


 まだ防弾傘を正面に向けていない本隊の姿を見たことで、マルグリットたちもようやくそれが傘であることに気付いた。


「防御にてっして時間を稼ぎ、我々を地上に引きずり下ろそうという魂胆こんたんだろうな。だがノロマなラクダがもっとノロマな亀になったというなら、その甲羅ごと粉砕してやるまでだ。銃口が四門になったこのガンランスの火力……今までの機銃と同じだと思うなよ。総員、散開して攻撃開始だ!」


「お待ちください隊長。敵が反撃してこないのなら、無理に攻撃を行う必要はないのでは? こちらは空を飛んでいるのですから、やつらの本隊も無視して直接基地を攻撃してやればよいと思われますが」


 ヴィルヘルミナがマルグリットに進言する。たしかに防御を固めた相手に構って飛行時間を浪費するよりは、先に基地を攻撃したほうが効率よく打撃を与えられるだろう。


「……いや、どちらにせよ敵を殲滅せんめつするのには変わりない。それにここで我らが敵部隊を引きつけておけば、あとはインメルマン少佐の率いる別働隊が基地を叩いてくれる」


「……了解しました」


 マルグリットはあくまで自分たちが優位にあると考えていたため、ヴィルヘルミナの献策をれなかった。先ほどもそうだったが、敵が追加装甲で攻撃を防ごうとしているのはあくまで時間稼ぎのためであり、こちらに対する反撃の手段は未だ持っていないと判断したのだ。

 そもそも相手が亀のように丸まって反撃してこないなら、こちらから攻撃しないという手はない。本来防御というのは反撃のための備えであって、ただ一方的に攻撃を受け続けていればジリ貧になるだけなのだ。そういう意味においてはマルグリットの判断は間違っていなかった。

 だがマルグリットは二つの可能性を見落としていた。一つはガンランスによって向上した自軍の火力よりも、ガンブレラによって向上した敵の防御力のほうが上回っているという可能性。そしてもう一つは、敵の持っているガンブレラがただの追加装甲ではなく、自分たちに反撃する機能を持った武器であるという可能性だ。


「じゃあ、蜂の巣にしちゃいますか♪」


「昔、東洋じゃ焼いた亀の甲羅に入ったヒビで占いをしたって話ねぇ。今日の私の運勢はどうかしらぁ?」


 ―― ズガガガガガガガガガン! ――


 ―― ダガガガガガガガガガン! ――


 ブリュンヒルデとヘルミーネ、ゲルマニア軍きっての問題児たちが先を競うように攻撃を加える。二人の放った弾丸は、敵部隊の頭上を通り抜けざまに雨のごとく降り注いだ。


 ―― ぱきゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぅん! ――


 降り注いだ弾丸はガンブレラの防弾傘に全て弾かれ、機体には一発も当たることなく跳ね返された。しかも柄の部分に仕込まれたショックアブゾーバーが着弾時の衝撃も吸収したため、傘にはヒビどころか細かい傷しか入っていない。 


「うっひょお! これ、やっぱすげえぞ。機体にほとんど衝撃が伝わらねえよ」


 ガンブレラを掲げたキャメルのコックピットで、子供のように目を輝かせたエダがはしゃぐ。


「じゃあ……いよいよ反撃といきますか?」


「……だな」


 連合軍AM部隊の中でも最も好戦的で、最もこのときを心待ちにしていたエダとアルバータが口の両端を吊り上げてニヤリと笑う。


「いいですよね? 隊長」


「ええ、反撃開始よ!」


 ルネの号令とともに、全員のガンブレラが一斉に火を噴いた。

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