第40話 アルバトロス・テイクオフ

 40.アルバトロス・テイクオフ



 出撃の日の早朝、クリンバッハ城の格納庫では整備班の兵士たちが出撃前の最終チェックに追われていた。万が一にもフライヤーユニットに不備があれば墜落して即死にも繋がりかねないため、彼女たちの責務は以前よりもさらに重くなっている。

 整備用ハンガーの前では、マルグリットとマクシーネの二人を前にパイロットたちが整列していた。


「よし、今日の出撃メンバーを伝える。まずは私とウーデット大尉、レーヴェンハルト中尉とラインハルト中尉、ゲーリング中尉とレールツァー少尉の六名がフライヤーユニットでクルプル方面へと飛び立ち、一直線に敵の基地を強襲する」


「では、私は地上から敵の側面を突けばいいのだな?」


「はい。インメルマン少佐と部下三名には、西側から山を下りてケッフェナッハ方面から敵の基地へと向かっていただきます。ローラ中尉、貴官も少佐の部隊に同行するのだ」


「了解しました」


「フォス少尉とボルフ少尉の二人は敵が東側から別働隊を送り込んできた場合に備えて、ヴァイセンブルク方面の防衛に回ってもらう」


「「はっ!」」


「今日こそ連合軍のAM部隊を叩き潰す! 総員、自分の機体に搭乗せよ!」


「「「了解!」」」


 綺麗に声と動きを揃えて敬礼し、各々が自分の機体に乗り込んでいく。そして機体がハンガーから下ろされると、飛行部隊のAMは可動式の翼を広げて離陸体勢に入った。

 インゴルスハイム基地は整備用ハンガーが格納庫内の左右向かい合わせに並んでいるが、この城の整備用ハンガーは横一列に並んでいる。機体をハンガーから下ろした後、二百メートルほどの距離を滑走路として、向かい側にある発進口から一気に飛び出せるようにするためだ。


 ―― 「発進準備完了。作業班、及び整備班の人間は滑走路から退避してください。繰り返します。作業班及び整備班の人間は、滑走路から退避してください」 ――


 滑走路を空けるよううながすアナウンスが格納庫内に流れ、約十秒後、六機のAMが横並びで一斉に加速する。パイロットたちの胸の大きさによってスピードに多少のバラつきは出るが、軽量なアルバトロスD.IIの加速は連合軍の主力であるキャメルのそれとは比べ物にならない。たちまち全機が最高速に達し、踏み切り位置へと迫っていった。

 発進口のすぐ手前にある踏み切り線は、GETSから送られる電力を履帯側からフライヤーユニットのタービン側へと切り替えるタイミングを知らせるものである。ここを通り過ぎる瞬間に切り替えスイッチを押すことで機体が軽く浮き上がり、そのまま発進口から飛び出すのだ。

 六機のAMは加速した勢いのまま、弾丸のように発進口から飛び出した。一瞬だけ高度が下がりそうになるが、すぐに風に乗って飛行姿勢が安定する。

 マクシーネの率いる地上部隊も続いて城の正門から出撃してくるだろう。マルグリットたちは一足先にクルプルへと向かうため、山の麓に向かって一気に加速した。


「……? 大尉、あれはなんでしょうか?」


 城を飛び立ってすぐ、目のいいエーリカがなにかを発見した。向かう先のクルプル、さらにその少し向こう側に、半球状のドームのようなものがあるのだ。草と大地しか見えない平原に、それだけが明らかに人工物のフォルムを持って鎮座ちんざしている。


「……ここからではよく分からんな。大きさはAMと同じぐらいのようだが、近づいて様子を見てみよう。敵が仕掛けた罠かもしれん」


 だがマルグリットたちはそれに近づくことができなかった。いや、その奇妙な物体そのものが急に動きだし、自分たちに勝るとも劣らない速度で離れていったのだ。


「な、なんなのアレ? 動きだしたわよ!」


 小心者のブリュンヒルデがほとんど悲鳴にも近い声を上げる。逃げているのはもちろんガンブレラを構えた連合軍のAMなのだが、防弾傘を正面に向けられている彼女たちの目には、逆さにしたおわんが地上を走っているようにしか見えていないのだ。

 そして次の瞬間、さらに驚くべきことが起きた。逃げていく物体から急に青い煙が噴き出し、天に向かって昇っていったのである。


「あ、あれは……連合軍が使う、我々の出撃を知らせるための狼煙のろしだ。あの丸いのはAMだぞ! 隊長、すぐに攻撃を!」


「慌てるなウーデット。この距離では仮に当たったところで効果はない。それにしても……敵が哨戒しょうかい機を出していることは予想していたが、あの機体は一体なにをかぶっているのだ?」


「頭上に盾をかかげているのか、それとも機体そのものにああいう形状の装甲を追加しているのか……いずれにせよ、我々による上空からの攻撃に対処するためのものでしょう」


 堅物かたぶつな性格のせいか、予想外のことが起きると意外に動揺しやすいエルネスティーネとは違い、ヴィルヘルミナはこういうときにも的確な分析と判断をする能力を持っている。マルグリットは彼女の意見を聞いて、敵はただ防御のためだけに傘のようなものをかぶっているのだと判断した。


「敵が防御にてっしているなら構わん。このまま一気に敵の基地へと攻め込む!」


 マルグリットの率いる飛行部隊は目の前の獲物を無理に追うことはせず、その逃げ帰る巣のほうを狙わんと、ガンランスの先をはるか前方へと向けた。

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