第39話 初陣の朝

 39.初陣の朝



 次の日の早朝、アーサリンはパイロットスーツに着替えて格納庫の入口にいた。今日の攻撃パトロールが彼女にとっての初任務となる。

 入口のすぐそばにパイロットたちの名前が書かれた黒板がある。アーサリンはその前に立つち、チョークで書かれた自分の名前を見つめていた。一人前のパイロットとして認められたことにより、新たに彼女の名前が書き加えられたのだ。

 ウィルマ・ビショップの次に書かれたアーサリン・ロイ・ブラウンの文字、そしてラモーナ・コリンショーを挟んで、上から棒線を引かれたクリスティーナ・ドレーパーの名前がある。アーサリンは文字を消してしまわないようクリスティーナの名前にそっと触れ、優しく、そして少し寂しそうに微笑んだ。


「クリスちゃん……私、パイロットになれたよ。これから初任務だから、天国から見守っててね」


「アーティさーん!」


 整備用ハンガーの奥から、トマサがひょっこりと顔を出した。


「はーい! じゃあクリスちゃん……私、行くね」


 アーサリンが自分のために用意された機体の格納ハンガーへと走ってゆく。


「そっぴーちゃん、なあに?」


「一応アーティさんに言われたとおりに塗りましたけど……ほんとにこの色でいいんですか?」


 トマサが後ろにあるAMを振り返る。そこにあったのは、全身をド派手なパールピンクに塗装されたトライプだった。

 連合軍では様々な国のパイロットが集まるため、AMの機体色にこれといった規定はない。だが基本的には地味な色――つや消しのモスグリーンやデザートストーム(砂漠色)といった迷彩色を用いる者がほとんどで、ジョルジアナのように無駄を嫌う者の機体ともなると、サビ止めのクリアーを噴きつけてあるだけで鉄がむき出しなぐらいだ。他にここまで派手なカラーリングを施しているのはフランチェスカの真っ赤なニューポールXIぐらいだが、アーサリンの機体はそれに輪をかけて目立つ色をしていた。


「うん、これでいいの。私がここにいるって気付いてもらえないと意味がないから」


「……?」


「逆に他のみなさんの機体は同じような色ばかりだけど……誰がどれに乗ってるか、戦ってる最中にややこしくなったりしないの?」


「みなさん、自分の特徴とか好きな物なんかを肩の前後にエンブレムとして描いてますからね。エダさんのギターとか、アルバータさんの鉄拳マークなんて分かりやすいでしょう?」


「あはは、たしかにそうだね。シャルロットさんの白百合マークなんかは綺麗だし、少佐のWEU国旗もカッコいいなあ。でも、あの二機がシャルロットさんと少佐の機体ということは……隣にある猫さんマークの描いてあるスパッドXIIは……」


「ジョルジーヌさんのですよ」


「……可愛いの、好きなんだね……」


「アーティさんのは色だけで分かっちゃうから、なにか描く必要はないですよね」


「うん」


 アーサリンは少し考え込むように自分のトライプを見上げていたが、ふとなにかを思いついたように目を見開くと、突然大きな声で叫んだ。


「…………ううん! 描きたいもの、あるっ!」


「ひゃぁっ!? ど、どうしたんですかいきなり?」


「そっぴーちゃん、青いペンキ……あるかな?」


「あ、ありますけど……もうすぐ出撃ですよ?」


「すぐに描いちゃうし、走ってればそのうち乾くから大丈夫! マスキングテープも貸して!」


「は、はいっ」


 アーサリンはそばにあった脚立きゃたつを立ててトライプの肩に伸ばすと、刷毛はけとペンキの缶を口にくわえて駆け上がった。

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