第18話 そっぴーちゃんにはお見通し
18.そっぴーちゃんにはお見通し
ブリーフィングルームを兼ねたプレイルームには、すでにトマサを含む全員が集まっていた。一階に降りたアーサリンがルネの肩を借りて入室すると、パイロットたちの視線が彼女に注がれる。
「おう、やっと起きたか。もう怪我のほうは大丈夫なのか?」
「あんだけ派手にひっくり返ったのに、ジョルジーヌ大尉を担いで帰ってきたんだって? お前、なかなか根性あるじゃねえか」
部隊の中でも特にさばさばとした性格のエダとアルバータは屈託のない笑顔で迎えてくれたが、シャルロットの目は冷ややかなままだ。
姉とも慕っていたジョルジーヌが負傷した原因がアーサリンにあるからには、それが任務上仕方のないことだとしても受け入れ難いのだろう。シャルロットはアーサリンを一瞥すると、すぐに目を逸らしてぷいと横を向いてしまった。
「さて、全員揃っているようね。じゃあ、さっそくそっぴーちゃんの分析を聞かせてもらおうかしら。そして対策を思いついたなら、他のみんなも遠慮せず意見を言ってちょうだい」
「少佐……だから“そっぴーちゃん”はやめてくださいってば」
「はいはい、お願いね」
「……コホン……それでは、アーティさんが撮ってきた写真から得られた情報を分析してみたいと思います。まずはこの写真を見てください」
そう言って、トマサがラシャ布を張ったビリヤード台の上に一枚の写真を置く。それには六機のAMが円を描いて空を飛んでいる姿が写っていた。
「敵機の背面が写っているのはこの写真だけなんですが、背中の部分に何か大きな筒状のものを背負っているのが見えます。たぶんこれが敵AMを浮遊させるためのメイン機関でしょう」
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
エダが率直な疑問をぶつける。
「後でもっとはっきり写っている写真のほうも見てもらいますが、この写真を見たところでは、翼のほうにはなにも付いていません。GETSなんてものがある現在、なにを今さらと思われるかもしれませんが……反重力を生み出すようなトンデモ新素材でも使われていない限り、こんな翼だけで二トン以上もあるAMを飛ばすことは不可能です」
「なるほど……それもそうか」
「それにもう一つ、こちらの写真の端のほうにちょっとだけ写っている木々の先端を見てください」
トマサがもう一枚の写真を先ほどの写真の隣に並べると、その場にいる全員が顔を近付ける。
そこには上空からこちらを狙い打とうとするAMの姿が写っていたが、角度の関係で下の方に木々の先端が写り込んでいた。
「む? よく見ると、木や枝が不自然な揺れ方をしている気がするな」
ラモーナがなにかに気付いたかのように写真を指差す。
「普通、横風に吹かれたなら、木や枝は風向きに従って一方へとしなるはずだ。なのにこの写真では、一本一本の木がてんでバラバラの方向に揺れている。まるで真上から吹いてきた風に
「さっすがラモーナ大尉! そのとおりです!」
トマサが「正解!」とでも言わんばかりにラモーナを指差す。
「先ほどの写真では遠すぎてはっきりとは分かりませんが、おそらくあの筒は強力な風を起こしてAMを浮遊させるためのタービンなんです。だから敵機の真下には常に強い風が吹き付けていて、それが木の枝を揺らしていたんでしょう」
「そういうことか……だが、そうなると厄介だな。自由に空を飛ぶAMなど、どうやって落とせばいいというのだ」
「ぶっぶー! ラモーナ大尉、今度は不正解!」
トマサが口を尖らせながら、胸の前で×印を作る。
「な、なにが不正解なんだ?」
「敵軍のAM、実は自由に空を飛べるわけじゃないんです」
「なんだと!?」
「そっぴーちゃん、それは本当なの?」
「少佐、そっぴーじゃありません」
「んなことどうでもいいよ! やつらのAMが自由に飛べるわけじゃないって、どういうことだ?」
短気なアルバータが話の続きを促す。他の隊員たちも重要な情報を聞き逃すまいと、真剣な表情でトマサを注視していた。
「んーとですね、直接交戦したみなさんは気付きませんでしたか? 敵機の高度が徐々に下がっていたことに」
「……それ、私も気付いた。敵の攻撃がだんだん近づいてきたというか、発砲音から着弾までの時間が短くなっていった気がした」
ロベルタが裁判所で証言前にやる宣誓のように手を挙げて発言する。そもそも彼女は交戦の最中にもそれを指摘していたのだ。
「はぁ? そんなもん、誤差の範囲だったろうが。敵が自分から高度を下げてきたんじゃねえのか?」
「もちろんその可能性もあります。こちらには反撃の手がなかったわけですし、多少高度を下げたほうが弾の威力も命中精度も上がったでしょうから」
「じゃあ……」
「ですが、撮られた写真を順番に並べてみると、後になればなるほど木々がフレームインする頻度が上がってきているんです。これはつまり敵の意図とは別に、じりじりと高度が下がってきたことの証拠であるとも考えられます」
「それだけじゃ弱いですわね……他になにか根拠はありますの?」
ハンドボール大の胸を持ち上げるように腕を組み、シャルロットが厳しい顔でトマサに訊ねる。
「それは敵機の写真ではなく、クリンバッハ城そのものの写真からも推測できます。こちらの写真を見てください」
トマサが新たに取り出したのは、アーサリンが最初に撮った写真だった。そこにはクリンバッハ城の城壁に開けられた、大きな横穴が写っている。
「この穴……最初はなにかを発射、もしくは投下するためのものかと思ったんですけど」
アーサリンが最初に抱いた感想をそのまま述べる。
「うーん、当たらずとも遠からず……というところですかね。この穴はたぶん発射口じゃなくて、敵機の発進口なんですよ」
言われてみればたしかに、穴の大きさは翼を持つ敵のAMを十機並べたよりも少し広く、高さもAMより少し大きいぐらいだ。
「もし敵のAMが自力で空に上がることができないんだとしたら、最初はどうやってあの高さまで打ち上げたのか……それを逆説的に考えたら、この穴の用途が見えてきたんです」
「これがAMの発進口ということは、ここから山の斜面に向けて飛び出してるってことだよな……あ、そうか!」
エダがビリヤード台に手をついて写真を覗き込んだ後、トマサの顔を見上げて言った。
「敵のAMは地上から舞い上がって飛んでるんじゃなくて、高い場所から飛び降りて滑空してるだけなんだな?」
「そうです! そのとおりですエダさん!」
トマサが胸の前でぱちぱちと拍手をする。
「翼の形状や上昇気流で多少揚力を得たところで、AMの重量を考えるとそれが限界なんでしょうね」
「なるほど……それで“自在に”飛行しているわけではない、というわけか」
ルネとラモーナも納得したように顔を見合わせている。
「だからといって、あの新兵器が脅威であることには変わりないでしょう。敵が空中にいる以上、こちらには反撃の手段がほとんどないのですよ? それにあのスピード……とてもただ滑空しているだけとは思えません」
敵の新兵器の正体がほぼ判明したとはいえ、彼我の戦力差を冷静に分析しているジョルジアナは決して楽観はしない。事実、朝の出撃ではあやうく全滅しかけたのだ。
「そうですね……けど、飛行スピードの秘密についてはもう分かっていますよ。ジョルジーヌさんとアーティさんが命がけで撮ってきてくれたこの写真のおかげで」
そう言って、トマサはアーサリンが最後に撮った写真をビリヤード台の上に置いた。そこに写っていたのは、マルグリット・フォン・リヒトホーフェンの乗機である真紅のアルバトロスD.IIだった。
「この写真に写っている敵AMの、上下二枚の翼の間をよーく見てください」
トマサに促され、全員がトマサの指差した部分に注視する。
「あれ? これってピンボケか? なんか翼の間の景色がちょっと歪んでるぞ」
「アルバータさん、よく見てください。背景が多少ブレているのは動いているせいだとしても、敵機の姿自体にはきちんとピントが合っています。それなのに、翼の間だけが歪んで見えるというのは……」
「翼の間を流れる空気と、周囲の空気の間に温度差がある……ということですわね」
「はい、シャルロットさん正解! さすが私と同じ技術屋ですね」
「おい、どういうことか分かんねえから説明しろよ。空気に温度差があったら、それでなんか変わるのか?」
もはや航空力学など失伝されかかった時代である。トマサやシャルロット、そして負傷したジョルジーヌのように科学の素養がない者には、ここに写っている現象の意味するところなど分かるはずもなかった。
「アルバータさん……あのですね、空気というのは温度差があると、流れる速さが変わってくるんです。おそらくこの二枚の翼の内側は、GETSから得たエネルギーを変換して熱を発する放熱板で作られているんでしょう。そうやって翼の間を流れる空気を加速して周囲の空気よりも速く流れるようにすれば、それが推進力となって速く飛べるというわけです」
これはジェット燃料もなく、タービンの推力は全て機体を浮遊させるために割かれている中で、地上を走るAMに勝るスピードで飛行するためにアネット・フォッカーが考え出した工夫だった。さらに機体を浮かせるための揚力も、これによってある程度は補助されている。
「説明聞いてもイマイチよく分かんねえけど、つまりそれであれだけ速く飛べるってことか」
「ハァ……もうそれでいいですわ。それはそれとして……トマサさん、たったこれだけの写真で敵が開発した新兵器のほぼ全容を解明したのはさすがですが、対策はあるんですの? それこそが一番肝心なことだと思いますけど」
シャルロットが核心を突いたことを言う。たしかに情報というものは対策を立てるために必要なのであって、それができないのならどれほど分析を重ねても無意味だ。
だがトマサはシャルロットの言葉に対して、「もちろん!」と言わんばかりに渾身のドヤ顔を返した。
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