第11話 迫り来る赤い翼

 11.迫り来る赤い翼



「あっはははは! なんて無様な姿なのかしら」


「見てよヘルミーネ、あいつら誰もいない森の中に向かって撃ち返してるわよ。馬っ鹿みたい」


 上空を飛ぶ六機のアルバトロスD.IIの無線に、ゲルマニア軍でも屈指の性格の悪さを誇る二人の哄笑こうしょうが響いていた。もちろんヘルミーネとブリュンヒルデだ。


「少しうるさいぞお前たち。作戦行動中だ。黙って攻撃しろ」


「ごめんなさぁ~い。だってあまりにも一方的すぎて、真面目にやるのが馬鹿らしいぐらいなんですものぉ」


 副隊長のエルネスティーネが注意するが、ほとんど効果はない。コバンザメのごとく強者に寄り添うことで戦果を掠め取ってきただけのブリュンヒルデはともかく、生来の性格が捻じ曲がっているヘルミーネにとって、敵を一方的にいたぶることができるこの状況は最高のシチュエーションなのだ。

 しかしそんな問題児二人とは対照的に、隊長であるマルグリットは現在の状況と新兵器の抱える問題点を冷静に分析していた。

 たしかにヘルミーネの言うとおり、自軍が一方的に攻撃を加えてはいる。しかし逆に考えれば、それでもまだ一機も撃破できていないということなのだ。空を飛ぶという圧倒的アドバンテージを得れば、もっと簡単に敵部隊を殲滅できるはずだったのだが。

 もちろん自分を含めたパイロットたちが新兵器の操縦にまだ慣れていないというのが一番の理由だが、なにより空中から敵を狙うというのが思った以上に難しい。アルバトロスD.IIの腰には補助カメラが追加され、メインモニターの下にあるサブモニターで下方の敵を捉えられるようになってはいるのだが、高速で飛行しながらの射撃は全員が初めての経験なのだ。飛行スピード自体も想像していたより速いだけでなく、それ以上に風や慣性の影響を受けてしまうため、地上戦のときほど自由に動くことができない。全ては飛行機というものがこの世界から消えてからの長い年月により、空中戦のノウハウが完全に失われてしまっていたのが原因だった。

 問題点はそれだけではない。前述のような問題はパイロットが空中での戦闘に慣れればそのうち解消できることだが、新兵器そのものにも問題点がある。

 この新兵器――アネット・フォッカーが命名したところの『フライヤーユニット』は、バックパックとして背負ったたる型のタービンを回し、ユニット下部から空気を噴出することで揚力を得ている。しかし今まで履帯での移動に使っていたエネルギーを全てタービンに回しても、二トン以上あるAMを自在に飛行させるにはまだ出力が足りないのだ。その証拠に、先ほどから少しずつ高度が下がっている。

 アネットが開発したアルバトロスD.IIは元々軽量・高機動をコンセプトにした機体ではあるが、それをさらに軽量化し、武装を携行機銃のみに限定しても計算上の飛行時間はせいぜい四十五分が限界だった。こうなると運用方法がかなり限定されてしまうし、作戦もそれに合わせて練る必要が出てくる。


 マルグリットは少々焦りはじめていた。このまま敵を殲滅しきれずに時間が経過すれば地上に降りざるを得なくなる。そうなれば、ほとんどの武装と装甲をオミットしてしまっているこちらが逆に不利になるだろう。ましてや幅の広いこの翼では木々の間をかいくぐって戦うのも難しい。かといって敵を逃がしてしまえば新兵器の情報をみすみす持ち帰らせることになる。せめてあの――おそらく偵察機であろう、カメラを搭載したパップだけでもここで撃破しなければ。


「各機はスパッドとキャメルを狙え! 一番速いあのパップは……私が撃破する!」


 マルグリットはあえて翼のピッチを変えて高度を落とすと、獲物を狙う猛禽のようにパップへと襲い掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る