第7話 すれ違う姉と妹

 7.すれ違う姉と妹



 インゴルスハイム基地で偵察部隊の編成が行われていた頃、クリンバッハ城の地下にあるアネット・フォッカーの研究所においてもゲルマニア軍のパイロットたちが勢揃いしていた。

 隊長であるマルグリットに向かい合うようにして副隊長のエルネスティーネ・ウーデット大尉が立ち、その両隣にそれぞれがマルグリットの片腕ともいわれるヴェロニカ・フォス少尉とクリームヒルト・ボルフ少尉がいる。三人とも髪を短く切り揃え、整髪料でオールバックにぴっちりと固めていて、まさに帝国軍人といった風体だ。

 その後ろにはマルグリットの後任とも目されるヴィルヘルミナ・ラインハルト中尉を中心に、その右隣にヘルミーネ・ゲーリング中尉とブリュンヒルデ・レールツァー少尉の反抗期コンビ、そして左隣にはこの部隊で第三位の撃破スコアを誇るエーリカ・レーヴェンハルト中尉とマルグリットの妹であるローラが並んでいる。二列目にいる五人は全員髪型も見た目の印象もバラバラで、軍人らしい凛然とした表情をしているのはヴィルヘルミナとローラぐらいだ。


「さて、こんな時間に集まってもらったのは他でもない」


 マルグリットが八人の部下を前に語りはじめる。その表情は少し高揚しているようにも見えた。


「かねてより開発中だった新兵器が、いよいよ完成目前となった。いや、開発そのものはすでに完了しているといっていい。あとはテストを行い、実戦に投入するだけだ。そこで――」


「明日未明にでもそのテストをしよう……というわけですわね?」


 ヘルミーネがマルグリットの言葉にかぶせるように口を挟む。


「……そうだ。だが完成している装備はまだ六機分しかない。ゆえにフォス少尉とボルフ少尉、そしてローラ中尉の三人は万一の変事に備えてここに残ってもらうことになる」


「お姉ちゃん! 私に留守番してろっていうの?」


「ローラ・フォン・リヒトホーフェン中尉、ここでは“大尉”だ」


 マルグリットは基本的にローラを際限なく甘やかすが、さすがに軍議の場ともなると公私をわきまえる。


「……失礼しました大尉。ですが……!」


「寝起きの悪いお子様は連れて行けないってことじゃないのぉ?」


 ブリュンヒルデが小馬鹿にするような口調でローラをからかう。ローラが奥歯をギリッと鳴らして睨みつけるが、ブリュンヒルデは素早くヘルミーネの陰に身を隠してその視線をかわした。

 実際のところマルグリットがローラを参加させないのは過保護のゆえであるが、逆に問題児のヘルミーネとブリュンヒルデを参加させるのは、この二人を留守に回そうとするとローラよりもうるさいだろうからという理由にすぎない。腕前のほうはともかく性格や人格という点において、マルグリットにとってこの二人は決して重用したくなるような人材ではないのだ。


「これは決定事項だ……テストは明け方直前の午前五時から行う。参加するメンバーはそれまでに準備をし、仮眠をとっておけ。なにか質問はあるか?」


 マルグリットの言葉を受け、副隊長のエルネスティーネが手を上げた。


「隊長、その時刻では敵の偵察部隊が来た場合、新兵器を晒すことになってしまうのでは?」


「たしかに隠密性も重要だが、城の観測班がデータを取るにはある程度の視界も必要だからな。それに今さら見られたところで、すでに新兵器はほぼ完成しているのだ。もしも敵の偵察部隊が来るようなことがあれば、そのまま実戦テストに移行するまでだ。そのときはやつらに新兵器の威力を見せつけてやるとしよう」


「了解しました!」


 エルネスティーネが大きな返事とともに敬礼する。


「他に質問がなければ以上だ」


 マルグリットがきびすを返し、後ろにいたアネットとともに奥へと姿を消す。

 他のメンバーもめいめい自室に戻ったが、ローラだけは研究所に通じる廊下の途中で立ち止まり、レンガ造りの壁を思い切り叩いた。拳の起こした風と振動で、壁の燭台しょくだいにかけられた蝋燭ろうそくの炎がゆらりと揺れる。


「どうして……? どうしてお姉ちゃんは私を認めてくれないの? 私がお姉ちゃんを追い越そうとするのがそんなに気に入らないの?」


「……違います」


 急に前方から聞こえた声にローラがどきりとして顔を上げると、地下と地上階を結ぶ階段の手前に誰かがたたずんでいた。蝋燭ろうそくの明かりだけでは顔がよく見えないが、肩のあたりで切り揃えられた艶やかな黒髪で、辛うじてそれがヴィルヘルミナであることが分かった。


「ラインハルト中尉……聞いてたの?」


「リヒトホーフェン大尉があなたを前線に出したがらないのは、あなたを大切に思っているから。あなたに傷ついてほしくないからです」


「……あなたに私たち姉妹のなにが分かるっていうのよ」


「たしかに私はあなた方の家族ではありません。ですが、私は常に大尉のおそばに仕え、大尉の心を知ろうとしてきました」


 ヴィルヘルミナ・ラインハルトはゲルマニア人でありながら、元々はノースアメリカ北部で育った移住者の娘である。

 彼女の一家はゲルマニアが欧州諸国に戦線を布告して戦火が激しくなった頃に本国へと戻ったが、そこで待っていたのはゲットー――すなわち移民や被差別人種を隔離しておくためのスラム街での暮らしだった。そして長女だった彼女は従軍手当てによって家族の暮らしを支えるため、さらに移民扱いされている家族を勲功くんこうによってゲットーから救い出すために軍に志願したのだが、そのとき彼女のパイロットとしての適正を見抜き、大功を立てられる機会の多いこの部隊へと引き入れてくれたのがマルグリットだったのだ。それ以来というもの、彼女はマルグリットに対して崇拝にも近い感情を抱いていた。


「その私が断言します。大尉があなたに嫉妬のような感情を抱いたり、あなたを憎々しく思うような言動を見せられたことは一度だってありません。大尉はただ、あなたを愛しておられるのです」


「…………悪いけど、一人にしてもらえるかな」


「……分かりました」


 俯いたまま顔を上げないローラを残し、ヴィルヘルミナは階段を上っていった。


「……お姉ちゃんの愛なんて、ただの猫っ可愛がりじゃない……私はもう子供じゃない! 私は一人前の兵士なんだ!」


 薄暗い石造りの廊下に、獅子が吠えるようなローラの叫びがこだました。

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