第4話 インゴルスハイム基地 連合軍エース部隊

 4.インゴルスハイム基地 連合軍エース部隊



 インゴルスハイム基地の宿舎は二階から上が兵士たちの部屋で、一階は食堂や非番の兵士たちが集まってカードやビリヤードに興じることができるプレイルームになっている。ルネがプレイルームの扉を開くと、三十メートル四方ほどの部屋でくつろいでいた全員の視線が彼女のほうを向いた。

 部屋にいた顔ぶれを見て、アーサリンは思わず「わぁ……」と声を漏らしそうになった。ここに集まっているのは連合軍トップクラスのスコアを誇るエースたちばかりだ。彼女はルネをはじめとするWEU軍所属のエースたちの顔までは知らなかったが、自分と同じRUK(リユニオン・キングダム=旧英国)軍やノースアメリカ軍のエースたちの顔は新聞などで何度も目にしている。


「あれ? 少佐ぁ、誰よその子?」


 部屋の入口近くでダーツに興じていた金髪の女性が、下着だか水着だか分からない星条旗柄のブラに包んだ巨大な胸を揺らしながら近づいてきた。まるで二つ並んだバスケットボールのような肉の迫力に圧され、アーサリンが思わず後ずさる。


「うふふ、この子が昨日言ってた新人の子よ。仲良くしてあげてね」


「ああ、この子か。あたしはエダ・リッケンバッカー中尉だ。よろしくなっ!」


 カウガールのように軍服を着崩したエダが白い八重歯を光らせながら、背後に ―― パァッ! ―― という擬音が浮かびそうなほどの眩しい笑顔で自己紹介する。

 このエダ・リッケンバッカーはノースアメリカ軍所属のパイロットだ。ヨーロッパへの参戦が遅かったためにスコアはまだ二十数機だが、腕前ならWEU軍のエースたちに全く劣らないと評判である。


「こ、こちらこそ。あ……私はアーサリン・ロイ・ブラウン上級曹長です。本日よりこのインゴルスハイム基地に配属になりました。皆さん、よろしくお願いしますっ」


 アーサリンが敬礼し、部屋にいる全員に向かってぺこりと頭を下げる。それに合わせて部屋の中央に置かれたテーブルを囲んでいるソファから二人が立ち上がり、アーサリンのほうへと近づいてきた。

 この二人ならば自己紹介されるまでもなく知っている。眠そうな目をしている銀髪の少女がウィルマ・ビショップ中尉、そして厳格そうな太い眉をした女性がラモーナ・コリショー大尉だ。二人ともアーサリンと同じノースアメリカ北部の出身だが、AMパイロットでなくともRUKでこの二人を知らない国民などいない。

 二人はRUK軍で双璧を成すトップエースで、特にウィルマは胸の大きさがアーサリンとさほど変わらないにもかかわらず、訓練用のパップを戦闘用に改修した『ソッピース・トライプハウンド(猟犬)』を駆り、数多くの戦果を上げてきたつわものだ。胸が小さいせいでAMパイロットになることを諦めたアーサリンにとって、同じような境遇でありながらWEUのトップエースであるルネに次ぐスコアを持つ彼女は憧れの存在だった。


「ウィルマ・ビショップ中尉……よろしく……」


 ウィルマが自己紹介しながら右の手を差し出してきたが、目の焦点が定まっていない。アーサリンは差し出された右手をとって握手に応じたが、そのままウィルマの目はどんどん閉じてゆき、体が後ろにふらりとのけ反っていく。


「わぁぁっ?」


「おぉっと! こらウィルマ、寝るならせめてソファに横になってから寝ろ!」


 隣にいたラモーナが素早くウィルマの体を支え、おかげで手を繋いだままだったアーサリンも転ばずに済んだ。


「す、すまんな。ウィルマのやつは明け方まで哨戒任務に着いていたので寝不足なんだ。まあ、こいつはいつもこんな感じなんだが……ああ、私はラモーナ・コリショー大尉だ。よろしくな」


 ラモーナが自己紹介をしつつ、ふらついて倒れないように脇の下を抱えながらウィルマをソファに引きずっていく。その姿はなんだか姉妹のようでとても微笑ましい。


「困った連中だろー? まあ、あたしがしっかりしてるからいいんだけどさ」


「うるさい黙れ。しっかりしているというなら軍服のボタンぐらいちゃんと留めろ乳牛ちちうしめ」


「だーれが乳牛ちちうしだぁ! 胸の大きさでいったらお前も大して変わんないじゃねえか!」


「はいはい二人とも、ケンカはだめよー」


 ルネが仏のようなアルカイック・スマイルを浮かべながら二人を制する。


「は、はい……申し訳ありません少佐」


「す、すいませんっ」


 ラモーナはともかく、エダまでがただの一言で借りてきた猫のように大人しくなる。


「あ、あのっ……フォンク少佐ってもしかして怒らせると怖かったりするんですか?」


 アーサリンは小声でエダに訊ねてみた。


「怒らせると怖いっつーか……あの人、どこまでキレてんのかが表情で分からないとこが一番怖いんだよ。今も穏やかな顔で笑ってるけど、実はめっちゃ怒ってたりすることがあるから怖い」


「エダちゃん……なにか言ったかしら?」


 ルネがいつもと変わらない笑顔で振り向く。


「い、いえっ!? なんでもありません少佐!」


 エダの怯えぶりを見ていると、なんだかさっきまでの笑顔までもが恐ろしいものに思えてくる。元々そんな気はなかったにせよ、アーサリンもルネには絶対に逆らうまいと密かに決意した。


「ハァ…………まったく……騒々しい方たちですわね」


「本当に……少しは品性というものを身につけてほしいものですわ」


 部屋の奥側に置かれたソファに座っていた二人が、飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置いてかぶりを振る。一人はいかにもお嬢様といった雰囲気の金髪縦ロールの女性で、もう一人は眼鏡をかけたおかっぱ頭の少女だ。


「そこにいる二人はWEU軍の所属で、私の直属の部下よ」


 ルネが横から説明を挟んでくれた。


「ジョルジーヌ・ギヌメール大尉です。よろしく」


「シャルロット・ナンジェッセ中尉ですわ。ソッピースさんと共にここのAM開発研究も担当しています」


 ルネに紹介された二人が自分の名前と階級、そして役職だけを端的に名乗る。しかし両名ともアーサリンのほうを見ようともしないどころか、ソファに座ったまま立ち上がろうともしない。

 現在は同盟関係にあるとはいえ、元々RUKとWEUは積年の恨み積もるライバルのような関係だ。RUK軍の所属であるアーサリンに対し、WEUの二人が好意的であるはずもなかった。


「へっ、WEUのお嬢様たちはお上品というわりに、礼儀のほうはなってねえのな」


「フン……紅茶の味も分からない野蛮人たちには言われたくありませんわね」


「んだとぉ!?」


「待て、こいつと一緒にするな。私たちはちゃんと紅茶をたしなむ舌を持ち合わせているぞ」


 ウィルマをソファに寝かしつけたラモーナがいつの間にやら戻ってきて、二人の会話に割って入る。だが次の瞬間――


「飯のマズい国のやつは黙ってろ!」「料理の味が分からない国の方はお黙りなさい!」


 エダとジョルジーヌの声が見事にハモった。


「失敬な! 私は今でこそRUK軍所属だが、出身はノースアメリカ北部だぞ!」


「うるせぇ! フィッシュアンドチップスにメープルシロップでもかけてろ馬鹿舌!」


「……いいだろう……ならば戦争だ」


 ラモーナを交えて再び言い争いがはじまる。それを見ていたルネはもはや止めようとはせず、やれやれといった表情でアーサリンに向き直った。


「ごめんなさいね。この子たち、いつもこんな調子なのよ」


「あの、AMパイロットの人たちってこれだけなんですか? なんだか少ない気がするんですが……」


 たしかに、ここにいるパイロットはルネを含めても六人しかいない。

 そもそもAMは大量に投入される兵器ではなく、今は失われた兵器である空飛ぶ戦闘機がそうであったように、戦場においては英雄同士の一騎打ちを繰り広げる武将のような存在だ。ゆえに通常であれば一つの基地、一部隊に配備されるAMは多くても二十機ほどでしかない。だが、この部隊が歴戦のエースだけを選抜して作られた精鋭中の精鋭であることを考慮に入れたとしても、基地にいるパイロットの数は明らかに少ない。


「他にもRUK軍所属の子が四人いるんだけどね。今は攻撃パトロールに出てるのよ。会敵して戦闘になっていたとしても、もうすぐ帰ってくる頃だと思うんだけど……」


 ―― ギュィィィィィィィィィィィィィィィン!!! ――


 ルネが壁に掛けられた時計に目を向けたとき、宿舎の外から甲高い金属音が聞こえてきた。AMの履帯の音だ。


「帰ってきたみたいね」


 帰還したAMが格納庫へと収容されていくのが窓から見える。数は四機。不在であるというパイロットの数と一致している。どうやら死者は出なかったらしい。

 ルネがほっと胸を撫で下ろしていると、どかどかというブーツの音が複数近づいてくるのが聞こえた。そしてプレイルームの扉が乱暴に開かれると、頭を負傷したパイロットが別の二人に両脇を抱えられて入ってきた。


「まあ! どうしたのウィルメッタちゃん!?」


「す、すいません少佐……やられました……」


 仲間の手でヘルメットを外された女性は頭部からの流血で左目が塞がっている。普段はふわふわしているであろう蜂蜜色の髪が、赤い血でべっとりと固まっていた。


「ジョルジアナちゃん、一体なにがあったの?」


 後からついてきた、氷のような眼をした女性にルネが訊ねた。


「バーカー中尉はローラ・フォン・リヒトホーフェンのAMと交戦中、ヘルミーネ・ゲーリングの乗るAMに背後から撃たれました。命に別状はありませんが、頭に軽い裂傷と、肋骨が数本折れているようです」


 ジョルジアナと呼ばれた女性が戦闘の顛末とウィルメッタの容態を的確に報告した。その口調は冷静そのもので、軍人としては優秀であることを伺わせるが、人格的にはなんとも冷徹な印象を受ける。


「肩に積んでいたミサイルポッドが誘爆したときの衝撃で負傷したんだ! 早く手当てしないと……」


 ウィルメッタを抱えていたボーイッシュな赤髪の少女がソファを空けるように促し、座っていたジョルジーヌとシャルロットがソファから立ち上がる。さらにラモーナとエダが流れるような動作でもう一つのソファを移動させ、素早く寝床を作った。歴戦のAMパイロットともなると、こういう事態にも慣れているのだろう。


「爆発が大きかったおかげで敵はバーカー中尉のAMを完全に撃破したものと勘違いしたらしく、とどめを刺さずにそのまま退却してくれたのが幸いでした。追い討ちをかけられていたら危なかったでしょう」


「すぐにミサイルポッドを腕ごとパージ(切り離し)したのと、キャメルの装甲が厚かったおかげで助かりました……」


 ソファに寝かされ、頭の傷にタオルを当てられたウィルメッタが呟く。 


「その体じゃ、しばらく出撃は無理ね。すぐに傷病兵の輸送隊を呼んであげるから、後方に下がって療養しなさい」


「そ、そんな! こんなの大した怪我じゃありません! 私はまだ……ゴホッ! ゲホッ!」


「ほら、ごらんなさい。無茶はいけません。これは命令です」


「くっ……」


 助かったとはいうが、ウィルメッタの怪我は決して軽くはない。舗装ほそうされていない道を走る振動に耐え、ここまで自走して帰ってこられただけでも大したものだが、折れたアバラが内臓に刺さらなかったのはただの幸運という他はないのだ。隊員の命を預かるルネとしては、これ以上の戦闘を許可できるはずもなかった。


 AMという兵器には一つだけ致命的な欠陥があった。動力ユニットであるGETSという、いわば石の塊にパイロットがぴったりと抱きついていなければならない構造のため、機体が受けた衝撃がダイレクトに操縦者へと伝わってしまうのだ。しかも肌を直接触れさせるためにパイロットスーツは大事な部分しか隠しておらず、防御力という点においてはほぼ生身に等しい。それゆえ攻撃を受けたときに衝撃でアバラを折るという負傷が後を絶たず、さらに追撃を受ければ折れた肋骨が肺やその他の臓器に刺さって致命傷になることも多かった。


 今回ウィルメッタが助かったのも、ひとえに彼女が持つ強運によるものだ。もしも腕を切り離すのが少しでも遅れていたらミサイルの誘爆に巻き込まれて死んでいたし、逆に早すぎれば健在であることが敵にバレて追撃を受けていただろう。

 AMは操縦者が若き乙女でなければならないことからArmour Maidenと名づけられたのだが、パイロットたちにとってはむしろ中世の魔女狩りに使われたという拷問器具を想起させるものであり、一部ではそちらの名をとってIron Maidenなどと揶揄やゆする者もいるという。そんな鉄の棺桶にも等しい兵器に乗りながら幾十もの敵を倒し、自らは死なずに生き残るなどという芸当は到底技術だけでできることではない。連合軍とゲルマニア軍のいずれにせよ、歴戦のAMパイロットというものはみな強運の持ち主なのだ。

 連絡を受けてやってきた衛生兵に応急手当をされた後、ウィルメッタは担架で運ばれていった。先ほどまで騒がしかったプレイルームが、今では水を打ったように静まり返っている。


「これで残り九人……ちょうど敵のエースたちと同じ数だな」


「望むところさ。次こそあの毒薔薇どくばら女を地獄に送ってやる!」


 エダの呟きに、ウィルメッタを抱えてきた短い赤髪の少女が答える。

 連合軍内で“毒薔薇どくばら”といえばヘルミーネ・ゲーリングのことだ。赤い機体に乗るマルグリットと白い機体に乗るローラの姉妹が敵味方を問わずに“戦場の赤い薔薇ばら”“白い薔薇ばら”と呼ばれているのに対し、黒い機体に乗るヘルミーネはそのサディスティックな戦いぶりから侮蔑ぶべつを込めて毒薔薇どくばら仇名あだなされていた。


「戦力的にはこれで互角……と言いたいところだけど、そうもいかないみたいなの。みんな少し聞いてもらえるかしら」


 ルネがいつになく真剣な表情で呼びかける。緊迫した雰囲気に、その場にいた全員が思わず固唾を呑んだ。

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