ARMOUR MAIDENS

@FLAT-HEAD

第一部 クリンバッハ城の悪魔たち

第1話 クリンバッハ城 地下兵器開発室

 1.クリンバッハ城 地下兵器開発室



 ―― カツ…… カツ…… カツ…… ――


 石畳の廊下に、軍靴の音だけが規則的に響いていた。

 地下の通路には窓が一つもないため、壁に埋め込まれた燭台しょくだいに灯された蝋燭ろうそくの明かりだけが頼りだ。そんな薄暗い廊下を、澱みのない足取りで進む一人の女性がいた。

 靴音の主が一歩進むたびに、うなじの部分で束ねられた金色の髪がなびき、バレーボールほどもあろうかという豊満な胸が上下に揺れる。足早に歩いているにもかかわらず、マルグリット・フォン・リヒトホーフェン大尉の身のこなしには一分いちぶの隙もなかった。


 廊下の突き当たりには頑丈そうな鉄の扉があり、周囲にはいくつものパイプが張り巡らされている。マルグリットが傍らにあるレバーを引くと、管楽器のようなパイプの端から蒸気が噴き出し、重い音を立てて扉が開いた。まきを使って湯を沸かし、その圧力で動かしているのだ。

 贅沢な設備だ――とマルグリットは思う。

 石油はおろか石炭すら枯渇した今の時代、火力発電で得られたわずかな電力はどの国にあっても政府施設や軍事拠点に限って使用が許されている。元は敵国の城であったここクリンバッハ城で電力を得るために運び込まれた蒸気機関を、たかが扉の開閉に使うなどむしろエネルギー効率が悪いのではないのか。

 とはいえ、この扉の奥で開発されているものの重要性を考えれば文句を言うわけにもいかない。この部屋にいる人物には、この城のあらゆる設備を自由に使用する権限が与えられているのだ。

 マルグリットは蒸気の噴出が治まったのを確認すると、扉をくぐり抜けて室内に足を踏み入れた。


 そこは廊下の狭さとはうって変わって、四十メートル四方はあろうかという広い部屋だった。レンガの壁を鉄骨で補強した重厚な造りで、なにかの倉庫か格納庫といった感じだ。

 床には本や書類、そしてなにかの設計図のような紙があちこちに散乱しているが、入口から奥へと続く直線上にだけ細い道ができている。マルグリットはそのわずかな隙間を歩いて奥へと進み、古ぼけたソファに座った部屋の主に声をかけた。


「フォッカー博士、進捗状況はどうだ」


 部屋の中には用途のよく分からない歯車の音や蒸気の噴き出す音が絶えず鳴り響いているが、そんな中でもマルグリットの凛とした声はよく通る。後ろから声をかけられた人物はソファにもたれかかった姿勢のまま、首だけを上に向けて逆さになった訪問者の姿を確認した。


「あらぁ? リヒトホーフェン大尉じゃない」


 アネット・フォッカーはソファから身を起こすと、目の前のテーブルに置かれていたコーヒー入りのマグカップを持ってマルグリットを迎えた。


「どうでもいいけど博士はやめてよぉ。私、博士号なんて持ってないわよぉ? 私はあくまでただの技術屋なんだから」


「ふふ、その白衣を見ているとつい……な。それにこの計画が成功したあかつきには、貴女あなたには我が国が誇るベルリン工科大学の博士号だけでなく爵位も贈られることになっている。もはやそう呼んでも差し支えなかろう?」


「そういうの、興味ないんだけどねぇ。私が興味あるのは自分の作品がどれだけ優秀かを世の中……特にノースアメリカの連中に知らしめることだけよぉ」


「ふむ……で、その“作品”はどこまで完成に近づいているんだ?」


「そうねえ……九割方は完成してるわ。あとは実験的に現場に投入してみて、細かい調整をするぐらいね」


「そうか……」


 マルグリットが微笑を浮かべる。美しい花を思わせる可憐な容姿をしていながら、その笑みは獲物を狙う猫科猛獣の獰猛さを思わせるものだ。


「この新兵器が完成すれば、連合軍の連中など虫けら同然に蹴散らせる。欧州全土が我がゲルマニア帝国、そして皇帝陛下の足元にひれ伏す日も近いだろう」


「うふふ、楽しみねぇ」


 妖艶な笑みを浮かべつつ、アネットがハンドボール大はあろうかという胸を組んだ両腕で持ち上げる。その目の前には、全長五メートルはあろうかという巨大な鋼鉄の塊――西洋の甲冑にも似た人型の兵器がランプの明かりに照らされ、鈍い光を放っていた。

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