第8話 新企画!いってみよ〜!

 順平が静止した世界に唖然とする数時間前の話。

神様テレビのスタッフルームで、会議が開かれていた。


 神様P「あれから、サワジュンのチャンネルはどうかしら。」


 天使D「そうですね、朝から軽快に飛ばしているようです。

    朝からあの数字は、羨ましいですね。」


 その話を聞きながら、彼をこの世界に導いた神はモニター越しに、サワジュンを眺めていた。そのとき朝のお祈りが終了し、画面は食堂へ移行していた。モニターでは、その場の映像と音声、そしてサワジュンの心の声が、テロップで流る生放送が行われていた。勿論だが、ここでサワジュンの心の声を拾い、画面上のテロップへ変換する、テロップマスターの神業が繰り出されていた。この食堂での固いパンのくだりでは、神様も吹き出しそうになっていた。基本、神様はお笑い好きなのだ。

 そんな神様がモニターを眺めていたとき、一行のテロップに目が止まる。


“美味いものを腹一杯食べたい!”このテロップを見た神様Pの目が輝いた。


 神様P(来た!来たよ!…新企画の前振り来たよ〜…)


 この時、食事中にも関わらず順平は激痛に近い神託に頭を抱えた。何が起こったのか全く理解出来ない順平。しかし、頭痛は直ぐに収まり、その事はすっかり忘れてしまうのだった。このときモニターの中に現れた文字が、午後からの順平の運命を決定づけた。“まさかの急展開!刮目かつもくせよ、サワジュンの勇姿を!(午後から新たなステージへ)”まさに波乱の展開だった。


 そして、全てが静止した世界で独り途方に暮れていた。

 すると、前方から何か近付いて来る。何事かと眺めていたら、小さな黒い点が音もなくスルスルと近付いて来た。徐々に近付いて来る姿は、どこからどう見ても黒子だった。順平は状況が飲み込めず、呆然としていた。黒子の方はお構いなしに、ショルダーバックと馬鹿デカいしゃもじを無言で渡し去って行く。


(え?なに?これどうすればいいの。)


 心の声で聴いてみたが、全く何の反応見せず黒子は去って行った。しばらく黒子が去った方角を見詰めていたが、何の変化も起こらない。そこで、始めて渡されたものに注目した。何処からどう見ても、デカいしゃもじだった。頭の片隅を何か良からぬ思いがよぎったが、あえて無視する。そして、更にショルダーバッグの中を確認する。中には毒消しや回復薬、そしてエリクサーなどの最高級の薬品とおぼしきものが詰め込まれていた。


(これは冒険者の必需品ではないか!これは、やはり俺に冒険をせよとのメッセージか?ならば装備と武器を用意しなければ〜いや〜やっぱ冒険 ……んっ?…… )


 そこまで考えたとき、目の前で見覚えのある光景が展開されていた。

 空間に浮かぶ不自然な手。その手が上下に動いたと思うと、空間が裂けた。


「おいでませ。」


 その言葉と共に、天界の花園を思わせる光景が順平の前に開けた。

 総べてが美しく光り輝く世界、そして現れたのは後光が眩し過ぎて判別出来ないが、たぶん女神様のようだった。その後ろには、何かの巨大な設備なのかドーム状の建築物?とにかく突然過ぎて理解出来なかった。


「私、サワジュンファン倶楽部、会員ナンバー001番、女神のオルフェリアです。

 一応、美の女神もやってます。」


(……ハッ?…… サワジュンファンクラブ? 何の事だ。全く聴いてないな。

 それより、ここは天国なのだろうか。明らかに人間界とは違うようだが、生きたまま天国に来てもいいのだろうか?それよりも、俺は何をすればいいんだ?)


「あら、意外と積極的ね。そうね、説明するわ。朝の食事、殆ど食べられなかったでしょ。だから、お腹が空いてると思って、お食事を用意したの。サワジュンは日本人って聴いたから、日本の神様に聴いて来たわ。日本には和食と呼ばれる素晴らしい食事があるのね。それでね、和食でよく食べられる肉料理は何か聴いて来たのよ。」


 そこまで話を聞いた順平は、満面の笑みを浮かべ喜びを爆発させた。このままでは、餓死してしまうのではないかと心配していたのだ。しかし、やはり神様。しかも、物凄く美人の女神様だろう。残念な事に、後光が眩し過ぎて、雰囲気しか分からないが、その溢れるばかりの美貌は、眩し過ぎる視界の中でも、確実に漏れ出していた。やはり、美の女神はいい。溢れるばかりの愛情が詰まった料理を頂けるとなると、落ち込んでいた気持ちが嘘のようにハイテンションへと変化した。


「その料理は、すき焼きよ!」


(おぉ〜すき焼き!!凄い!!流石は美の女神様、分かっていらっしゃる。)


 順平のテンションは異世界を訪れて以来、かつて無いほど跳ね上がっていた。正確には異世界に来て、始めてまともな食事にあり付ける喜びで、叫び出したい気持ちを必死に押さえていた。


「あと、日本の神様のご好意で、お米も貰ってきましたよ。ご一緒にどうぞ。」


 この言葉を聴いた時、順平の瞳から涙がこぼれ落ちた。なんと出来た女神様かと、感謝してもしきれない。既に言葉などいらない、順平の頬を伝う美しい涙を見た女神様は、優しく微笑み無言で頷くのだった。


「それでは、用意いたしますね。しばしお待ちを。」


 そう言われると同時に、食卓と椅子が出現した。女神に誘われ、食卓に着いた順平は期待に胸を膨らませる。テーブルの上は既にセッティング済の状態であり、後はメインディッシュが運ばれるのを待つのみだった。


(…おぉ〜すげぇ〜…。)


 椅子に座り前を向いたとき、テーブルの反対側が異常に遠くに感じられた。これが神様基準なのか。スケールの大きさに感心させられる。やはり神様は違うと。しかし、一つ気になる事があった。テーブルの上に卵が置かれているのだが、


(あれ、ダチョウの卵だよね?ちがうのかな大きさが半端ないけど。ちがうのか?)


「それでは、料理を運んで頂きましょう。」


 女神様の期待に満ちた言葉で、巨大すき焼き用鍋が出現した。余りの大きさに、我が目を疑う。そして、確かにお腹は減っているのだが、こんなには食べきれないと思うのだった。


「大丈夫です。男性の方は大食ですから。それにここ天界では、ものは腐敗しません。そのままを維持しつづけます。故に安心してください。」


(な〜んだ、そうなのか。なら安心だな。)


 などと軽く考えていた。余りの空腹と食事ができる喜びに、正常な判断が出来なくなっていた。冷静に考えれば、色々とおかしな点が幾つもあったのだが、その殆どは、あえて見ない振りをしていた。全ては美味しい食事の為に。


「それでは、お料理〜オープン!。」


 美しい女神様のお言葉と共に、巨大すき焼き鍋のフタが開かれた。苦節32時間にして、やっと訪れる真面な食事。異世界へ来てからの全ての苦労が報われる。

 しかしそのフタが取られ、熱々の湯気が消えた瞬間、目の前の光景に何かが音を立てて崩れ去っていた。


(あれ?…これは、なに?…自分、すき焼きって聴いたんですが。…

 …オーダー間違えたのか?…あれ、まぁ何と言うか。確かに牛だけど。)


 順平は我が目を疑った。


(これは、100%幻だよね。だって、あり得ないでしょ。あれ、ミノタウロスだよね。確かに牛だけど、だけど原形そのままですが。しかも、腰布付けたまま寝かされて、胸の前で手を組んだ祈りのポーズをしているのだが ……なぜ?……

 これは、断じてすき焼きなどではない。あえて言うならば姿煮だろうか?しかも、よくよく見れば、ミノタウロスさんの下にはお米がびっしりと敷き詰められいる。)


 順平は、頬を伝う涙を止められなかった。感謝を口にしようと開いた口からは、もはや何の言葉も出て来なかった。女神は、歓喜のあまりに硬直した順平に、空の茶碗を差し出した。


「さあ、そのしゃもじで、好きなだけよそって食べなさい。慌てることはありません。そして、何の心配もいりません。足らない場合は、お代わりを用意します。」


 唖然としていた順平に、とても可愛らしい神託で、最後通告が行われた。そう、既に退路は断たれていたのだ。この段階で始めて気付いた。あのしゃもじの意味、そして考えたく無いが、毒消しと回復薬とエリクサーの役割を。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 この時点で神様テレビは、大騒ぎになっていた。午後になり視聴率がグングン上昇し、かつての最高視聴率の記録を塗り替え、さらに伸び続けた。


 神様P「ぐぁ、あっはっははは。予感的中よ〜。さすがサワジュン!!」


 天使D「凄いですね。これはまた、物凄い数字が出そうですね。

    まさに天界始まって以来の快挙です。」


 そんな会話がなされている最中、モニターの中の順平は果敢にミノタウロスの肉を攻めていた。最初は、鍋の底に敷き詰められた米を口に含み、その芯の残った米を貪り食い、何かたがが外れたのか。巨大しゃもじで、これまたデカい卵を叩き割ると、鍋の中に打ちまけた。すき焼きというよりパエリアに近い米は、卵かけご飯のような状態となり、順平の腹の中に消えて行く。そして、一息ついた順平は、禁断のミノタウロスに手を出していた。


 ミノタウロスに果敢にアタックする順平の姿は、ある種の感動的シーンのように光り輝いていた。自分の手料理が、これほど喜ばれるとは思っていなかった女神は、目の前の光景を目の当たりにして歓喜した。その瞬間、天界の花々が咲き乱れ、生き物達は愛の歌を歌った。まさに天界中がやたら光り輝いていた。


 実は、以前にも料理番組の企画は存在していた。しかし、その時は女神の手料理紹介に留まり、実際に誰かが食べるシーンのないものだった。愛の女神は、張り切って料理を作ったのだが、誰にも食べてもらえない料理に、寂しい思いをしていたのだ。本当の所は、余りにも斬新な料理に、誰一人手を出す事が出来なかったのが真相なのだが、これは極秘事項だった。それ故の毒消しや回復薬とエリクサーだった。折角の期待の新人に、死なれては困るのだ。


 しかし、こんな天界の大騒ぎを快く思わない連中がいた。ある者は、潤んだ瞳の女神を熱い視線で見詰め、そして、もっと危険で怪しいもの達が、暗い地の底から静かに行動を開始するのだった。

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