第12話 騎士の誇り

 雄々しき気配すら飲み込む存在感。天まで響くいななきが、戦場の空気を一変させた。


 反乱兵の足は、ピタリと止まってしまった。あれほど必ず突破してやる、と躍起になっていた門が開かれたというのに。

 それも当然。開かれたはずの門に道はなく。彼らの眼前には、麗しき栗毛の壁が広がっていたからだ。


 門の奥に陣取るは、数騎の騎兵。その名はヴェレリア近衛騎士隊。


 それは、騎士の位を持つ名家が排出した王都の守りである。主に志願による常備軍制度が整ったヴェレリアでは珍しくなった、生まれながらの兵士達。彼らは誇りという、目に見えぬものを護る為に日々を過ごしている。 

 しかし、荒事を軍に任せた現在。彼らは主に儀礼的な役割に従事している。


 そんな彼らだからこそ、レスティーナの護衛はうってつけだ。北部地域の平定を祝う、それは支配を見せつけるための式典。今回のような視覚的効果を狙っている場面では、彼らのような荘厳な部隊が駆り出されているはずだとシルクは読んだ。同時に、彼等の牙は未だ健在であることもシルクは分かっている。

 近衛騎士の本来の目的は「平野」であるヴェレリア中央での防衛戦。そして、王家の護衛を担うという伝統と格式ある兵士である。それ故に、彼等の兵種は自ずと偏っていた。


――殿下の護衛が少ないわけがない。確信は持てないけど、きっと籠城向きではない兵力が存在しているはずだ。それを解き放ってやれば……、勝機はそこにある。


 騎兵。

 鍛え抜かれた足を持つ駿馬。それにまたがっているのは甲冑かっちゅうをまとった者達だ。


 強力ではあるものの、北部のように平地の少ない場所や、東部のような森林地帯では力を発揮できない。単騎では勢力が弱まるのに加え、加速するために必要な距離がないために良い的になってしまう。

 敵兵もそれが分かっていた。故に強みを潰した。夜襲により強制的に防衛戦にもっていき、門を超えるのではなく押し入る方向で攻めていたのも騎兵の活躍できる場所をなくすためだ。


――敵兵を引きつけ、戦場を引き延ばす。密集が門の前になくなれば、彼らは意気揚々と飛び出してくる。戦場を、彼らは欲しているはずだからね。


 そういった状況を打破するにはどうすればよいか。シルクの解は戦場を「広げる」ことであった。


 密集した場所に騎兵の入り込む余地はない。しかし、シルクの策が成功した今はどうだろうか。


 真正面か飛び込み持久戦に持ち込んでいるシルクと、奇襲からの離脱を試みているアゼル。そんな彼らを追って、戦線は横に広がった。そこには、騎兵にとって十分すぎるほどの穴が広がっている。


 槍を手に、天を刺す。じっ、と兜の隙間から戦場を睨み付ける一人の男。このような場面でも儀礼を忘れぬ甲冑の騎士は、近衛騎士達の中でも、一際目立っていた。


 そんな彼が槍を前方に突き出し、叫ぶ。

「突撃っ!」


 その声に、待ちかねていた騎士達は戦場へと飛び出す。ぎりぎりまで引き絞られた弓から放たれた矢のように、一つの塊となって駿馬が駆ける。

 

 戦場の経験が薄い傭兵やゴロツキ達は、文字通り蹴散らされていく。馬蹄ばていのとどろきが地を揺らす。一度、駆け出した騎兵達は、まるで枯れ草に燃え移った炎のように戦場を飲み込んでいく。

 ここに来て、反乱兵に数の優位はなくなった。数的有利は保っているものの、戦力差は逆転した。敵兵に、対峙したことのない脅威に手が出せない者や精神的に追い詰められて背中を向ける者が増えてきたからだ。


(おぉ、これは壮観だな)


 アゼルは注意が散漫になっている敵兵を切り伏せつつ、久々に見る騎兵の戦いに複雑な思いを抱く。


 練度で言えば、アゼルが幼き時に見たティエールの草原を駆ける戦士達には及ばない。

 ヴェレリア隣国のティエール諸王連合は、各地域により文化の差はあれど、どの国も己の国に伝わる馬術が一番だと自負していた。確かに、彼らが馬を駆る姿は力強く、そして美しかったことをアゼルは覚えている。


 だが、ティエールの民が持つ強さは、生きるか、死ぬか、そんな争いに勝ち残ったが為に生まれた強さだ。連合、と言いながら結束は弱く、内乱が絶えなかった。それ故、生き残る為に馬を駆らねばならなかったのだ。

 そんな彼等と違って、比較的豊かな家に生まれたヴェレリアの騎士達。戦場を知らない者も多いだろう。今回が初陣、なんて者もいるかもしれない。

 しかし、少なくとも、アゼルの視界に入る彼らは皆が、その磨かれた甲冑に見合うほどの技量は持ち合わせていた。


(これが、誇りってやつか)


 過去の自分が恥ずかしくなってくる。アゼルはかつて、身分の高い者の心根を見下していた時期があった。地位という椅子に座って、何不自由なく暮らしている者達に負けるはずがないと思っていた。

 今思えば、くら羨望せんぼうの裏返しだ。うらやましかったから、軽蔑することで心を保っていた。


 シルクに会わなかったら今も冷静に近衛騎士の戦いぶりを見られるか、自信がない。


 シルクのおかげもあって、素直に感嘆することができている。そして、アゼルは冷静に周囲を見渡すことができていた。

(こっちの被害は少ないな、と)


 全員はぐれずについてきている。一名、戦闘継続不能になって下がったが、彼のもとに敵兵が向かわないように立ち向かうことができている。


 これならば、シルクと再度顔を合わせた時に胸を張って報告ができそうだ。と、アゼルの意識が外れたのを悟ってか、一人の男がアゼルの背後から切りかかってくる。


「やらせねぇっ」

 気配を察知して振り返ったが、剣は振るわれることなく剣先はさまよった。


「…………ん?」


 アゼルに切りかかった男は、銀の輝きに貫かれていた。ドサッと、その体が落とされたのを見て呆けたようにアゼルはその輝きを持つ者を見上げていた。


 馬上の男は兜に隠されて顔は見えない。だが、その目だけは鋭く眼前を射抜いていた。他の者とは違う装飾が施された甲冑。つまりは隊長クラスだろうと、アゼルは目星をつけた。


「貴様が将か」


 アゼルが想像していたよりも甲冑の男の声は若かった。

「い~や」

 アゼルは小さく首を振る。この場では自分が指揮をとっているが、あくまでも全体の将はシルクである。


 気づけば周囲の敵兵は、あらかた蹴散らされたあとであった。これなら、彼と多少言葉を交わす猶予ゆうよがある。

「うちの大将はちょうど反対側だよ」

 アゼルはどこか、突き放したような言い回しになる。


 身分の高い者達への考え方は変わったが、長年培った感情だけはまだうまく操作できない。男はそんなアゼルの態度を気にすることなく言葉を続ける。

「そうか、なら改めて貴隊の働きに礼を述べるとしよう。おかげで光が見えた。貴殿の働きにも、感謝している」

 男は馬の手綱をとる。

「高いところから失礼する。それでは、またの機に」

 男は再び戦場に駆け出していった。


 アゼルは、その背中を見送って小さく息を吐いた。

「……けっこうやるな、あいつ。眼光きつかったぁ」

 彼から感じ取った圧力に、アゼルの手中は汗で満ちていた。


 それを誰にも気づかれないように拭い取ると、アゼルもまた混乱する敵軍に向き直るのだった。

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