第6話 勝利に向けて

 天宙に月が輝き、静まり返った村を照らしている。


 主を失った家々が通り沿いに鎮座していた。とはいえ、人がいなくなったわけではない。戦い疲れた山賊達が各々の好む場所で休んでいるはずだ。しかし、眠りこけているようで家の中に生気を感じることはない。


 揺れ動くのは、見張りに出ている者達の灯火ともしびだけ。その炎を見つめる瞳に緊張感が増してくる。これから攻め入ろうとする者達の、潜めた息遣いが夜の闇に消えていった。

「いよいよかー。ちゃんとできるかな、オレ」

 弓使いの少年兵、リデロは自らの緊張を解すために隣の同僚に話しかける。しかし、その彼から返事はない。リデロ以上に体が固くなっているのか、敵影に注目しすぎて目を前からそらそうとしない。息も荒く、剣を握る手は本番も始まっていないのにきしみをあげていた。

 だが、そんな彼の姿がリデロの心を落ち着かせていた。緊張しているのは自分だけでない。それに気づけただけでリデロの気持ちがやわらいだのだ。


(合図、まだかなぁ)

 事が起これば、目の前の教会から住人の保護に向かう予定だ。永遠に自分の出番が来なければとも思うし、こんなに息苦しいのなら早く来てほしくもある。リデロは不安定な自分自身に苛立った。


 敵は二人、片方は入り口で鎮座し、もう片方は松明たいまつ片手にうろうろとしている。そんな風にリデロが眺めていると、そのうろつく一人がリデロ達が隠れている木の陰に近寄ってきた。

(やっべっ、さっき喋ってたの聞こえてた?)


 足音が近づくたびに、心臓が高鳴る。極度の緊張感は死を連想させるほどだ。

 いざとなったら切りかかれるように近接用の武器に持ち替えよう。そんなことをリデロがぐるぐると考えていた時、闇夜を貫く叫び声が辺りに響いた。


「な、なんだ 」


 近寄ってきた男が慌てた様子で、教会の入り口に走っていく。止まない声に重なる金属音。その響きは増々大きく広がっていく。


(これが始まりの合図なんですよ)

 離れていく背中に目で話しかけるリデロ。教会前に集まった彼らの様子をしばし、伺う。すると、座り込んでいた男が立ち上がり、二人一緒に先程よりも大きくなっていた怒声の方へと走り去っていった。


「うわ、ホント、シルクさんの言う通りになってるし」

 多少の気味悪さを覚えながら、リデロはシルクの言葉を思い出す。


 ――人質の見張りがどれだけいるか、実はよく分からない。さすがに多すぎたら君達では難しい。でも、戦闘が始まったら、彼らには数で攻める方法しかない。もし見張りが多くいても、そのほとんどが主戦場に合流するはずだよ。


 実際、見張りの数は見誤っていた。リデロは二人と認識していたが、彼の死角から男が二人飛び出してきた。その一人は、先行する者を追いかけて教会から離れていく。

 だが、ここからはシルクの読み通り。彼一人を残して皆が去っていったようだ。


「……たく、何なんだよな」

 男の不安げな声が聞こえてくる。その評定を見ても、もうこれ以上伏兵がいないことにリデロは確信を持つ。


「じゃ、始めましょうかね」

 弓に矢をつがえ、引き絞る。新人に配られる安物とは言え、さすがはヴェレリア王国軍御用達の軍人使用。今まで使ったことのある弓よりも、強固な強さをリデロは感じとる。


 これだけ強ければ、この距離、そして何よりリデロの腕前があれば何の問題もない。


(おー、よく見える)

 意外と頭の中はすっきりとしている。生まれて初めて、自分に自信を持てたのが弓矢の腕だ。もう少し、人を殺すということに抵抗があるのかと考えていたが、思ったより心は静かだ。


 ――人に放つのは初めてかい? それは怖いだろうね。正直、僕だって怖いんだから。


 指揮官でありながら、自身の弱さを吐露したシルク。しかし、その目に揺らぎはなかった。まっすぐに、リデロ達を信じ切って、こう言い放ったのだ。


 ――僕が頼むんだ。全ての責は僕が負う。それでも、君ならやってくれると信じてるよ。


(ご期待には、応えないとね!)

 リデロは一呼吸で狙いを定め、矢を解き放った。


 そして、同刻。

 村の入口近くでは、集まってきた賊達を相手にひるむことなくアゼルが乱戦を舞っていた。


「そいつだ、そいつを何とかしろっ」


 かけられた声と共にアゼルを囲もうとする男達。その眼前の一人をアゼルは一閃で切り伏せた。


 返す剣で背後に迫る斧を弾き飛ばし、目を丸くした男の顔を勢いをつけて蹴り飛ばした。回転する反動のまま、一、二,とリズミカルに跳ねて距離をとる。アゼルは包囲を抜けて一息つくと、男達をにらみつけた。


 その様子に怒号のような歓声が上がる。仕掛けている時に震えていた者も、今は実力を発揮して敵兵達を押しのけていた。

 怪我をして離脱した者はいても、死者は出ていない。対して、相手はそろそろ踏み込む足が弱まってきている。


 その戦果の理由は、ひとえにアゼルが見せる分かりやすい強さにあった。


 本来のアゼルの剣技であれば、避けることを優先する。一体多数を相手にするのなら、囲まれた状況は分が悪い。まずは好位置を確保したいところだ。しかし、それをせずにアゼルはわざと群衆に飛び込んでいる。

 そして、相手が動くよりも先に攻め、もしそれが叶わぬのなら確実にかわすことを優先する。かすり傷すら負わないのが、アゼルの目指す戦い方。しかし、今はあえて相手の始動に合わせて後の先をとっている。


 すると、虚をつけるだけでなく相手が前に出ていこうとする力を利用することができるものだから、実際以上に圧倒的な印象を見ている者にもたらすことになるのだ。


 危険性は高くなり、より力量が必要となる。それでも、アゼルはシルクの命通りに分かりやすい強者を演出している。


「なんだ、なんなんだ、お前たちはっ 」

 動揺を隠せない者の、型にはまりすぎた悪役台詞に吹き出しそうになるほどには、アゼルに余裕があった。


「通りすがりの正義の味方、とその御一行ってとこかな」

 芝居がかった台詞に激昂する相手とは対象的に、アゼルの頭は体の熱さを感じながらも冷たく透き通っていく。


 接敵からここまで、十分に時間がたった。増援もピークを過ぎ、相手方の重心がだんだんと後ろ向きになっているのを感じる。そろそろだろう、そう思った矢先に押し寄せていた波が一気に引いていった。


 実はアゼル達は敵方を包囲しているかに見せて、わざと一箇所だけ穴を開けていた。最初は数で押そうとしていた相手であったが、逆に押され気味になっていた時に見つけることができるであろう「逃げ道」をあらかじめ用意しておいたのだ。

 一人が反転すると、まるで決壊したせきのように一点に流れ込んでいく。


「この期を逃すな、行くぞっ」

 アゼルの鼓舞に雄々しく声をあげる一同。だが、その勢いとは裏腹に実際は歩みを緩めていた。


 そう、アゼルの役目はここまで。周囲に残存勢力がいないか注意を払いながら、徐々に村の拠点の制圧に兵力を分散させていく。

 アゼルはここで初めて力を緩めた。


「勝ったな、こりゃ」

 あとは、逃げ道に万全の布陣で待ち受けている本当の主戦力を率いるシルクに任せれば問題はない。


 ふぅ、と大きく息をついて、アゼルはもう一度気合を入れ直すと駆け出していった。


 万全を期すために、もう少し押し込んでやるとしよう。そんな絵を頭に描きながら。

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