第4話 白い衣の少女

「貧乏くじ引いちまったかなぁ」


 太陽が西に沈もうとしている黄昏たそがれ時、他の物がたむろしている中央から遠く離れた村外れに放置され、男は愚痴をこぼして天を仰いだ。


 鉱山の襲撃に参加することを決めたのは、ほんの数日前。だと言うのに積年の思いかというほど後悔がたまっている。

 税の重さに生まれ育った町を捨ててからは、スリや窃盗で手に入れた小銭で腹を満たしていた。いつかは大金を手に入れてやろう、そう思っていても実際に行動するには足がすくむ。貴族の屋敷に忍び込んで返り討ちにあってからは、何をしようにも傷跡が訴えかけてくるのだ。


 ――どうせ、お前には何もできない。


 だから、最近では珍しい大事の噂には心躍ったのだ。北部の先住民族、アルテからヴェレリア王国が強制的に徴収した鉱山の襲撃。そこにはどんなお宝が眠っているのか。

 知人に仕事を打診された時、彼は即座に返答した。


 それなのに、だ。

 苦労して手に入れた鉱山には何も残ってはいなかったのだ。


 そもそも、王国が手に入れた頃には採掘量は下降線。かつて大量に採れていた貴重な鉱石は雀の涙ほど。費用対効果を考えると、採掘するには割に合わない。

 結果、王国の面子を保つために警護されているが、近年は全く稼働していなかったということだ。

 それでいて、王国にしてみれば無理を言って手にした中身のない宝箱。中身には王国の威信が詰まっている。

 それで、北部軍が威信をかけて取り戻しにくるものだから、這々ほうほうの体で逃げ出すしかなかった。


「それなのにさぁ。略奪は禁止とか。奪わず犯さず、清廉なこって」

 首謀者は義賊を気取っているのか。平民階級の者から搾取することを禁止していた。


 その思想は徹底していて、この村に逃げ込んだリーダー格の男も村で一番の権力者であり小金持ちから、死なない程度に奪っただけで、村人には必要以上に手出ししていない。

 そんな感じだから、下っ端に回ってくるのは労力の割に合わない報酬しかないのだ。

「この見張りの日当。パン一切れにスープのみ」

 あらためて口に出してみるとひどいと思う。だから、だから、だ。心の底から、こう思う。

「ちょっとくらいは良い目を見ても良いよな」

 視界の隅に映った、純白の人影を見つめると、男はにやりと口元を歪めたのだった。


 あまり光が届かなくなってきた木のふもとで、その人影はうずくまっているようだった。

「よぉ、ねーちゃん。そこで何してんだ? 」

 男が下卑た調子で声をかけると、びくりと肩を震わせた後に人影は振り向いた。


 白いローブに包まれた体型はよく分からない。フードを深く被っているし、今は夕暮れだから、本音を言えば顔もはっきりとは見えない。


 それなのに、ひと目見ただけで感嘆の息が出そうになった。濡れた瞳が艶っぽく、怯えた感情を映している。震えている体は、その垣間見る育ちの良さも相まって大変かわいらしい。あえて言ってしまえば、かなりの上玉だと男は思う。口笛を吹きそうになる気持ちを抑えて、ゆっくりと男は近寄った。


「……」


 彼女は男から視界を外すと、居心地の悪さを誤魔化すように身を小さく縮こませた。逃げられる、そう思った男は一気に距離をつめた。


「なぁなぁ、そんな怖がらなくてもいいじゃんか」

 一気に手が届く距離にまできた男の前に、拒絶を示す伸ばした彼女の腕。その意志を上回る、強い欲望をを持って、男はその手首をつかんだ。


(ん? )


 一瞬の違和感。それは予想よりも硬い感触だった。まるで、細いのは鍛え上げられて無駄な肉がないだけのようで。そんな分析する間もなく男の視界はぐるりと回った。


「ぐべっ」

 背中の衝撃に息がもれる。投げ飛ばされたのだと気づいたのは、鼻に剣の切っ先が突きつけられてからであった。


「動くな」

 声をするほうを見上げる。剣の先には、先程まで男が精神的に下に見ていた白いローブの少女に見下されていた。いや、声の低さから少年であろう彼は毅然きぜんとした態度で言葉を続ける。


「命をとるつもりはない。ないけれども……この状況なら、君も分かってるよね? 」

 男を地面に叩きつけた時に外れたであろう、フードに隠されていた銀色の髪が夕焼けに輝いていた。さきほどまで男の情欲をかきたてていた紫の瞳が鋭く光っている。

 

 その光景を「美しい」と感じてしまう自分を男は冷静に感じ取って、大きく息をついた。

 ああ、やっぱり貧乏くじだった、と。

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