夢は捨てずに花束を

高橋パイン

第1話

時刻七時十五分。お店はまだガラガラです。

六月に入って梅雨真っ盛りです。梅雨はやっぱり、私は好きにはなれません。何が嫌かってジメジメも嫌ですが、自転車通勤の私にこの雨の季節はとっても憂鬱な毎日です。

梅雨空に濡れて出勤、そのまま裸でバスタオル。帰りは着替えのTシャツとショートパンツ、夜中のアスリートよろしく私は一心不乱でペダルをこいで、梅雨の湿った空気を切り裂きます。


お店は七時からオープン、なんと夜中の三時までです。

私は、さぁさぁ今日も稼ぎますって、自分のスイッチをいつもの夜の営業お金の亡者モードに切り替えました。

こんなお天気が続きますとお客さんの入りがちょっと心配です。もちろん、入りが少ないとお金も稼げませんが、空いていると時間がたつのが遅く結構疲れてしまいます。

混んでいる時は次から、次からお客さんは来るは指名は来るで、回転寿司のお皿よろしくお客さんが回ってくる感覚で、ハイハイハイって機械的に処理してく感じです。が、これってお客さんに対してはちょっぴり失礼なこととは思いますけど。


そう、そう、うちのお店は、ちょっと過激なランパブ関係です。

コスチュームがバスタオルで、中はパンティ一枚でいろいろサービスしちゃうシステムです。ただし、お客さんは発射なし、いわゆる寸止めパブと呼ばれている風俗ですが、実家の方にはもちろん内緒、昼はメーク修行に夜はカラオケパブで働いていることになっております。

雨とはいえ、最近はよく、雑誌や深夜のテレビ番組に紹介されたりしているので、たぶん今日も十時過ぎから混むんじゃないでしょうか。


「本日の口切、一番のお客様でーす。いらっしゃいまっせー。お一人様ご案内でーす。美紀さん、ご指名です」

今日初めてのお客さんは、私を指名?こんな時間にめずらしい。

指名のお客さんは、仲良しの小デブの内藤さんです。もう、一年近い付き合いでしょうか。私はあまりお客さんと同伴とかアフターはしないんですが、内藤さんは、超おっぱい好きのただ良い人で最近なんか店の中でも外でも相談相手のお友達。お店が終わった後、焼肉とかお寿司をおごってもらっています。

ウチのお店は一時間に一回のショータイムにはオッパイに触ってたりして良いんですけど、この内藤さんはお喋りに夢中でなんにもしないでショータイムが終わってしまうことがよくあります。

みんな内藤さんみたいなお客様ではないですから、それは大変ですが、時給五千五百円プラス指名料二千円、そしてオッパイへのタッチでチップ千円、乳首関係はまた別チップのシステム、私はお金のために働きます。


こういう所で働いていると、やっぱり、「男」を見る観察眼が鋭くなってきます。

本当に男は、いくつになっても子供で好色、で、随分恥ずかしがりやな生き物であると再認識できました。なんだか人生、いや「人間」という生き物を深く観察、考えるようになってきました。



私は、福島の高校を卒業して美容師、いや、ヘアーメイクアップ・アーチスト目指して東京に出てきたのが四年前です。

修行に入った六本木の美容室というかメイク事務所が結構ひどい所だったのです。

ヘアーメイクの修行というよりも、なんか事務と営業やらされて二年間、事務所の社長が何故だか作ったタレントもどきの写真集を無理矢理売りに行かされたり、六本木の駅でティッシュ配りまでいろいろ。朝はすごい早くから、夜は遅くまで働かさせられ、おまけに事務所の近所の寮が四人部屋で月八万円も取られ、月給が十四万でしたから、詐欺みないな話でした。

私は田舎から出たてホカホカの十八才、騙されてもしょうがなかった、と思う今です。


私は、一般のヘアーメイクとは違う映像関係のメイク、本当のところは特殊メイクアップ・アーチストのプロに夢を抱いていたんです。

この手の職業は美容学校より現場で修行が一番!という郡山(!)の広告会社に勤める先輩と高校の就職課の薦めもあって、私はメイクとスタイリストが所属する事務所に修行に入ったわけでした。

特殊メイクは映画好きの私の中学生位からの夢でした。それを実現させようと純粋まっしぐらに高校を卒業して東京で出てきて、今じゃどうして・・・バスタオルで接客、客にオッパイ揉まれています。全く厳しい世の中です。


そんなヘアーメイクの話とかをお客さんとちらっとしていたりすると、必ずお客さん達が言うのが、

「僕も髪の毛切って欲しいなー、その格好で」

などのたぐい。広告代理店関係の人に多いのが、

「仕事で使ってる、仲良しのヘアーメイクの事務所紹介してあげるよー」

の甘いお言葉。

「今度、楽しいロケあるから手伝いに来てよー、タレントの○○○も来るしー、デートでもどう?」

こういうタイプはテレビ局関係の方々に多く見られます。

東大法学部卒の警察官僚の方からは、このお店の格好で各県警幹部との勉強会という名の一泊二日の慰安旅行に同伴してくれって真剣にお願いされました。


こういう方達は、判で押したように同じ口説き方でアプローチされますが、なんかマニュアルでもあるのでしょうか。このオツムの軽さに私は将来の日本に不安を覚えます。みんな、結構な一流大学をお出になっているのが一興です。

こんな誘い水をかけられましても、電通から高級官僚のお客様より生きる力は一枚私のほうが上と自負するも、もちろん、自分のやってる『商売』が何の自慢にもならないことは十二分に理解しております。


皆さんお客様は、チップはずんで私のカタチの良い胸をお揉みになってます。

その一心不乱の幸せそうな顔を見ると、本当に男は皆いつまでたっても赤ん坊みたいに思えてきます。さしずめ私は彼らの母親変わりの天使って所でしょうか。

私は頭はあんまり良くありませんが、メイク志す上の手先の器用さと親から授かった天性のスタイルには自信はあります。だからって、これを武器に取り合えず生きていくしかないのも寂しい話だとは思いますが・・・。

ま、ストレス溢れる殿方の憩いの場になれて、お金もいっぱい稼げれば天使冥利につきると、自分を自分でほめてあげ、夜明けの六本木を駒場東大裏のワンルーム・マンション、月五万二千円まで自転車を走らせる毎日です。


去年の春先にこの仕事を始めて、今年もまた、気持ち良く青山墓地の桜のトンネルを駆け抜けてしまいました。

梅雨のせいかもしれませんが、最近、そろそろ次にリスタートでもかけないと、このまま一生この世界から抜けられないような気がしてきました。

お金も結構いいですから、贅沢が身についてしまう、周りを見ていると怖いです。とは言っても、私は贅沢には無縁と今では思っていますが。

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